自分の子どもを愛せない親が取れる方法

倫理学
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自分の子どもを愛せない親は、どう考えたらよいか

この記事は前回の続きです。

前回は「自分の子どものことを可愛く思えない親は、いったいその気持ちをどう整理したらよいか」というところまで書きました。

ここでは具体的に、どんなアクションを取れるのかを考えてみました。

愛情がなくとも、その「フリ」はできないだろうか

前回私は、以下のように述べました。

「もし親として子どもを(他の保護者が行っているように)愛せなくても、まあ問題はなかろう」

「いや、そんなの、程度問題とか相関の話だろう!やっぱり子どもにとって愛情があるかどうかは大きいはずだ!」という反論は至極真っ当です。

私が言ってるのは「お金がなくても幸せに生活してる人はいる、よってお金は必要ない」ぐらいの暴論ですからね。

私自身の経験から、親に愛されていると感じられるかどうかが、子どもにとってはかなり大きいことを認めますし、これはデータも示しています。

例えば虐待をしてしまう親のうち3割は、被虐待経験があったようです(子ども虐待に詳しい、東洋英和女学院大大学院・人間科学研究科長の久保田まり教授いわく)。

認めてもらえず、不健全に育った人が、今度は親になって同じことをしてしまう。そういう悲しいループがあります。

ただ難しいのは「愛情を持っているからといって、それが全て子どもにそのまま伝わるわけではない」ということです。

要するに、私は「愛情がない親よりある親のほうが子どもがまともに育つ割合は高かろう」とは思いますが、「愛情がないからまともには育たないし、あるからまともに育つ」とまでは思いません

なぜなら、人の気持ちはそのまま伝えられるものではないからです。

必ず、それを行動にする必要があり、その行動を子どもがどう読み解くかこそが本質なのです。

だからこそ「あなたのためを思って言ってるのよ」とか「あなたは私の子どもだから」という言葉が子どもにとって愛情ではなく呪いに映ってしまったり、子どもに全ての習い事を押し付けてパンクさせてしまったりします。

深く子を思う心こそ、厄介な問題になりうることさえあります。

ならば発想を逆転させればいいのではないか。

もし子どもが生まれてきて、万が一「可愛い」とか「自分の子だ」と思えなくとも、それで別にいい。

ただ、子どもから見た親の影響は良くも悪くも絶大なので「大切に思っている」「死んでほしくない」などの言葉を発し、ポーズとして愛情があるように見せればよいのではないか、と。

これは麒麟猫氏が仰っていたこととも一致します(というか、私が影響を受けました)。

(前略)実際自分の子どもが可愛くない親はいますよ。可愛くなくても可愛い演技し続ける覚悟があれば親になれます

https://twitter.com/nennekokirin/status/1393894218897117188

(前略)実際子どもが好きじゃない親は少なくないと思ってます。
でも余程危ない子に育たない限りは死んでほしくないって思う本能があるような

瞬間的か持続的かは別にして、可愛く思えない時も、可愛い、好き、大切って言い続ければOKじゃないかと。親の言葉って絶大なので

https://twitter.com/nennekokirin/status/1393905583384776704

「ポーズとして愛しているかのように見せる」ことに罪悪感を全く感じない人も珍しいでしょうけど、他人の子のように見えるとて、やはりその子を何もせずに放置できるほど、人間は心が強くないだろう、と私は踏んでいます(私なら放置できないというだけの話ですが)。

私は以前他人の子どもと仕事柄たくさん接してきましたが、その中に「死なないかなこの子」と思った子は一人もいませんでした。

憎たらしいながらも、やはりその子が溺れかけていれば助けますし、それが私の中の善だと信じています。そういう感覚で自分の子どもと接することは、まあ可能なのではないかなと。

それこそ、愛情余って押しつけに走り、子どもに虐待をしてしまうよりはむしろ健全でしょう。

これを示す根拠があります。2019年9月にさいたま市で、義理の父が子どもを殺害・遺棄する痛ましい事件が起きました。

この父親は事件について「本当の親じゃないといわれ腹が立った」と述べています。定形外家族、例えばステップファミリー、里親家庭などで、このような問題は非常に多いようです。

ステップファミリーの支援をするSAJ(Stepfamily Association Japan)代表の緒倉珠巳氏によれば、

子どもから言われた『本当の親じゃない』という言葉が、感情の暴発を呼んだのはあるでしょう。一般的に、子どもがいる相手と結婚した人は、子どもの『親』になるべきと思われがちですが、そんなことはありません。近くにいる、信頼できる大人として子どもとかかわれば十分

https://news.yahoo.co.jp/byline/otsukareiko/20190922-00143587/

「親にならなくてはならない」という思い込みがある点で、この義父と私の論じる「子を愛せない親」は一致します。しかし「近くにいる、信頼できる大人」というぐらいの関係で、もう十分なのではないでしょうか。

よく「親は子どもの『存在』を肯定しろ。『能力』を肯定するな」と言われますが、そんなの並の親でも難しいと思います。やはり子どもが生意気に意見を言えばムカつきますし、悪い成績をとれば悲しく思うものです。

他人の子どもと接していた私でさえそうなのです。血を分けた子どもならどうか。

きっと私に似て、論理人間なのでしょう。

もしかしたら妻のお腹から先に「論理」が生まれてくるかも。

信頼できる別の人間に話すことも考える

また、私と議論した方(親御さんです)の奥様は以下のように話しておられたようです。

妻と話したら愛情がないことはない、悩むは想うがゆえ。気持ちに余裕がないからそういう考えにいたると。だからまわりが一緒に悩んで助ける、一人で悩まずまわりを巻き込む!

https://twitter.com/otosan416/status/1393930069186256898

つまり、いざ自分の子どもを目の前にして「愛せない…」と思っているそれは、自分自身の芯から出た感情ではなく、ホルモンバランスの乱れによるまやかしである可能性もありますよ、と。

この考え方はありませんでした。「周りが一緒に悩んで助ける、一人で悩まず周りを巻き込む!」この考え方は非常に大事です。

子どもを愛せないと告白するブログの記事には以下のようにありました。

子供が愛せないなんて、よほどの親友でない限り言っちゃいけない、というか、言っても良いことなんて何もないんだ。みんな想定外の返事すぎて反応に困るし、この人おかしいのかもって思うだろうから。

http://nomoreikuji.hatenablog.com/entry/2017/09/25/211733

とはいえこんな自分でしかいられないのだから、そのことを受け入れ、葛藤するしかないと思う。
そしてそれは自分の心のうちに留めること。

http://nomoreikuji.hatenablog.com/entry/2017/09/25/211733

きっとこの方は、この記事を書くときには「誰にも相談できない…」と思い込んでしまって、心で抱えているその鬱積やしこりを一人では解消できない状態にあったのでしょう。

ところが、ネットで調べてみれば意外にも「子どもを愛せない親」はいますし、「愛着障害」という病名までついています

精神科を受診して専門家に見てもらえば、専用の投薬やカウンセリングなどが受けられる可能性も十分あります。

そうして長い時間をかけて「愛せる」状態になればそれでよし、もし愛せなくても、信頼できる他人として接することができればよし。学童を利用して子どもが極力家にいないようにすることも考えてよいでしょう(不登校の親御さんだった知人が話していた対処法です)。

ちなみに先ほどの「子どもを愛せない」母親ですが、次男を育てておられる時に急に「母親になった」そうです。

次男を生んで変わった。
初めて、赤ちゃんてなんて可愛いんだって思った。
ずっと一緒にいても苦痛じゃないし、可愛くて可愛くて。
何でこうも違うのかわからない。

http://nomoreikuji.hatenablog.com/entry/2017/09/03/230521

本当になが~~~い目線が必要ですね。何らかのホルモンの関係なのかもしれないし、最初に生まれた子がたまたま手がかかるから、ってだけかもしれない。

なんにせよ、絶望する必要はありません。

まずは自分自身の幸せを考える。次に子どもの幸せを考える。絶望して諦めてしまう前に様々な方法がとれるものです。

親なのに「子どもを愛せない」と絶望する前に

もう皆さんは(私は)「そんなあ」と思う必要はありません。

「そのうち愛せるようになるかもしれないし、可愛くなくても子育て成功した親はいます」と考えてみましょう。

私には子どもがまだいないのですが、このように対策法をあらかじめ考えておいたことで、少し恐怖感が和らぎました。やっぱり、他人に話してみるものですね。

追記:この件に関して、私にいろいろ教えてくださった方のブログを紹介しておきます。お二方ともしっかり中身の詰まった記事を書いておられるので、ぜひ読んでみてください。

おとさん(@otosan416)氏は20年間会社で働いたすえにフリーランスに転向し、ブロガーやライターとしての活動を執筆しておられます。キャンプをする「キャンパー」としての側面もあります。キャンプをこれから始めようという方はぜひ。

40代挑戦ブログ
このブログでは私が今まで働いたなかで体験したこと、フリーランスを目指すにあたってこれから体験することを元に記事を書いています。個人的な理由で始めたキャンプについても初心者目線で記事を書いていきたいと思ってます。よろしくお願いいたします。

また、麒麟猫(@nennekokirin)氏は生活にかかわる様々なことを、まとまった文量でつづるブログを運営しておられます。

麒麟Room
コラム情報サイト

一般的に、人柄はその人の書く文章から伝わってくるものですが、麒麟猫氏のブログは特に経験談や人生観の筆致がたいへん優れており、価値観や人生観が揺さぶられます。「正しさって何だろう?」とか考えたい人、おすすめです。

そしてそういったブログを読みたいという方は、こちらのブログもお勧め。

タルパと文と雑学と、 | 雑学、考察、解釈、タルパについて書いているブログ。独自の切り口が強みです
様々な雑学、そして不思議な存在「タルパ」についてのブログ

当ブログです。てへぺろ。

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