マスコミが感情的に自殺報道すると、自殺率が増える「ウェルテル効果」

心理学
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ウェルテル効果について考える

一種エモーショナルな報道が世を沸かせると、あとはずっとその議論しか繰り返されないようになる…というのは言い過ぎだとしても、

我々が毎日情報を食らいつくそうとする中で、煽情的な報道はそれにさらに拍車をかけていきます。

2020年7月18日に自殺した某芸能人の報道もそうでした。

さて、これをお読みの方の中には「なんでそれをしちゃマズいの?」と思っている人もいるでしょう。今回はそこらへんを丁寧に解きほぐしていきたいと思います。

感情は伝播する

まず、話を理解する上で抑えておきたいのが、感情は誰かから誰かにうつっていくということ

日常生活でも同じですが、あまりにも暗い相談を聞いていると自分まで暗くなってきたり、悲しい話を読んで悲しくなったりします。

一方、明るい人と一緒にいるとこっちまで救われる気分になることもあります。

感情は他人から他人にうつり広がるのです。

負の感情は正の感情よりも伝播しやすい

そしてもっと大事なのが「負の感情」と呼ばれる感情…怒り、悲しみ、嘆き、絶望、恐怖などは「正の感情」…楽しみ、喜び、心地よさよりも、より誰かに影響しやすいです。

私は決して負の感情を「やっかいで、必要がないもの」と思っているわけではありません。

人間的に生きるためにはどちらも必要です。

伝播のしやすさに差があることを示す根拠は3つあります。

まず人間が生物として生きていく上で、負の感情のほうが大事であった、ということ。

敵が近くにいる、誰かが食べられた、あいつがあの植物を食って死んだ、など。これらの情報を共有することは、喜びや楽しさを共有するよりも大事でした。

楽しみや喜びがなくてもとりあえず生きていけますが、それらの情報を見落とすと命に係わるからです。自分が生きるか死ぬかが至上命題であり、そのためには感情を共有することが大事でした。

それらを共通の「危機感」にできれば、共同体全員がその困難に立ち向かえる。感情の機微は生存上の優位性により根拠づけられる、と。

そして2つ目が現在のニュースの報道の仕方です。

コロナウイルスで○○人が亡くなりました、誰々さんが自殺しました、誰々さんが不倫しました、誰々さんが汚職に手を染めました…。

これらのニュースを見ていてもわかりますが、実にうまく我々の負の感情をかきたてまます

情報を必要かどうか判別するのがマスメディアだとすれば、マスメディアはこちらが感じるべき感情さえも選別している、と思えてなりません。

つまりマスコミの人達は、こちらがその情報を受けてどんな感情を抱くか、まで計算しながら情報を伝えているでしょう。

負の情報が伝播しやすいことを織り込んで報道するのだから、我々が踊らされないはずはありません。

3つ目に、我々がSNSに書き込む情報の感情です。

インターネットではあることないことみんなが書きたてますが、その多くはマイナスな意見です。

以前「うつ病の罹患率とインターネット利用度は相関関係がある」という研究を耳にしましたが、まあさもありなんという感じです。

こんなに暗いものばかり読んでいたら気分だって塞ぎこむだろうし、インターネットが好きな人ほど暗くなるのも当然でしょう。

SNSは負の感情を伝播・増幅させるのに役立っています。良いニュースもあるにはありますが、やはり辛さやきつさに共感を求めるものが多いことを、多くが体感するところでしょう。

自殺報道を耳にすると自殺が増える「ウェルテル効果」

というところまで知ってもらうと、次に説明する事柄がすっと頭に入ってきます。

自殺をエモーショナルに書き立てるマスコミが現代には多くあります。

それらの報道と、自殺率の増加には相関性(関係性)がある、という効果が知られています。社会心理学とかそこらへんの用語で、名前は「ウェルテル効果」

ゲーテの「若きウェルテルの悩み」という文学作品があって、そこに出てくる登場人物のかっこうをして、登場人物の方法と同じように自殺するのが流行しました。

実際、それに影響を受け、いくつかの国ではこの作品が発禁にさえなったのだから恐ろしいもの。

日本にもこのケースはあります。それが近松門左衛門の「曽根崎心中」

醤油屋の男と大阪の遊女が惹かれ合うけど二進も三進もいかなくなって、神社で同時に自殺する(心中を遂げる)という内容の人形浄瑠璃です。

なぜ自殺するかというと「来世で結ばれよう」という発想らしい…ですがこのへん、現代人にはあんまり理解できませんね。

これを真に受けた若者がたくさんいて、曽根崎心中と同じパターンで自殺を遂げました。

江戸幕府は1723年に心中の全てを禁止し、一方が生存した場合は極刑にし、双方が生存の場合は晒し者にして市民権を奪う、としました。そこまでの脅威があったのです。

しかもこのとき「心中」という言葉は魅惑的だから使うな、相対死(あいたいじに)と言えと、ことばの使い方まで制御しようとしました。

また心中死した遺体は親族にも渡さず、葬式を禁止するなど、極めて重い処置を行いました。

それでも飢饉や打ちこわしという社会情勢のため、心中は流行しました。

実際にいくつかの研究でウェルテル効果が確かめられています。

例えばこの研究の嚆矢とされる2つの研究が、まずMotto氏の1967~1970年におけるもの。

「新聞がストライキによって発行されない期間は、明確に自殺率が下がった」ことを確かめました。

いっぽうフィリップス氏の研究によれば、New York Times(タイムズ)で自殺記事が掲載された月、されなかった月を比較すると、前者のほうが明らかに自殺率が高かったことがわかりました。

この研究からウェルテル効果が名付けられました。

日本でも、内閣府のESRIディスカッション・ペーパー・シリーズで研究がなされています。

2009年1月から2013年12月、Wikipediaの「自殺した日本の著名人」というページに載っている人達の自殺報道の前後で自殺率の上昇を(警察庁の自殺統計原票データで)調べたら、男性で4.42%、女性で5.09%増加していました。

自殺についてマスコミの報道方法が問われている

ウェルテル効果が認められている以上、マスコミも無関心というわけにはいきません。

情報の広め方で自殺率が変わるならマナーを守ってほしいよね、ということで、WHOが「自殺報道ガイドライン」なるものを出しています

各国のマスメディアに守るように「努力せよ」ということで、日本ではまだ法律などはありません。

ただ、これを守った結果自殺率が減ったことがオーストリアから報告されており、効果はあるようです。

メディア関係者に向けた自殺対策推進のための手引き
メディア関係者に向けた自殺対策推進のための手引き(WHO)について紹介しています。

どこに支援を求めるかについて正しい情報を提供すること
自殺と自殺対策についての正しい情報を、自殺についての迷信を拡散しないようにしながら、人々への啓発を行うこと
日常生活のストレス要因または自殺念慮への対処法や支援を受ける方法について報道すること
有名人の自殺を報道する際には、特に注意すること
自殺により遺された家族や友人にインタビューをする時は、慎重を期すること
メディア関係者自身が、自殺による影響を受ける可能性があることを認識すること

これらが「やるべきこと」とされています。

一方でやってはいけないことも載っており、例えば「自殺を感情的に扱う」とか「自殺の方法を詳しく述べる」とか。

正直、今回の(2020年7月18日の)件では、多くのメディアが守れていなかったように思われます。

テレビやネットで「○○ 首を吊り自殺か」みたいな見出しをいっぱい見ると、健康な精神の人でさえ大きなダメージを受けます。

ましてや今絶望のさなかにいる人や、○○さんのことが好きだった人は、後追いを考えてもしょうがないぐらいの衝撃を受けるでしょう。

マスコミがどのように向き合うか。情報を選別する立場として、姿勢を問われていくのは間違いありません。

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