非モテ男と非モテ女の「辛さ自慢」という地獄みたいな議論を止めるために

心理学
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非モテ男と非モテ女、どっちが辛い

【追記あり】非モテ女など存在しない。舐めるな
非モテについて語られる時、そして男のつらさについて語られる時、必ずと言っていいほど「自称」非モテ女が現れて「非モテでつらいのは男だけ…

はっきり言おう、非モテ女など存在しない。

そもそもこんなこと言う奴は非モテ男の根本的な辛さがわかってねえ。いいか、非モテ男のつらさはセックスができないことだ。それはつまり相手に承認されないと言うつらさとイコールだ。

非モテ女の地獄を男は知らない
anond:20201005091600女がブスだってことがどれだけ人生を困難にしてるか非モテ男は知らないだろう。お前らは本当にブスな女を女として認識していない…

女がブスだってことがどれだけ人生を困難にしてるか非モテ男は知らないだろう。お前らは本当にブスな女を女として認識していないから見えてない。

非モテ女は存在しない??ふざけるなと言いたい。

非モテ男と非モテ女のどちらが辛いのだろうか?

私は男性を自認していますし、放っていてもモテる顔ではないので、いわゆる「非モテ男」の辛さや悩みは痛いほどよくわかります。こういう記事を書くぐらいには。

非モテ問題が厄介なのは、悪者が存在しないことです。性格が捻じ曲がってしまってもう改善が見込めないとしても、その原因になったのが容姿だったとすれば、やはり本人の責にはならないでしょう(議論の余地はあります)。

悪者がいないということは、非モテである当人が「恨み」をぶつける相手が存在しないことを意味しますから、非モテ男が「女」(抽象的な概念)に中傷するのは筋が違いますし、非モテ女が「男」(抽象的な概念)を口撃するのもまた、筋が通らない。

しいて言えば、自分を容姿によって差別してきた存在に恨みを返すのが正しいのかもしれませんが…。

たぶん、性格が捻じ曲がる頃にはそんな奴らとの連絡先も途絶えているでしょう。私もそうですよ。

で、男と女のどっちが辛いのかって話ですが、これ「不幸」の意味というか定義が違う気がするんですよね。

男は「誰にも選ばれない不幸」、

女は「誰かから(嫌な)関係を強要される不幸」。

例えば容姿の恵まれない女性の話を聞いてると、街で振り向きざまに「ブス!おいブス!」と罵倒されたとか、騙されてヤリ捨てられたという信じられない話を聞きますが、私は男でそんなの体験したことがないですし、本当にあり得ないと思います。

逆に恋人いない人の割合って統計でも男性のほうが多いです。

国立社会保障・人口問題研究所による「第15回出生動向基本調査」によれば、18~34歳の未婚男女で「恋人として交際している異性がいる」と答えた男性は19.7%でしたが、女性は27.3%でした。

「婚約者がいる」であると男性が1.6%で女性が2.9%になります。

「関係を持てないのが不幸」「関係を持たされるのが不幸」

この違いはあるように思われます。

ちなみにマッチングアプリは圧倒的に男が多いです。アプリで恋人つくったこともありますが、これはもう本当にそうです。

そもそも放っておくと男しかいなくなるという理由で、ほとんどのマッチングアプリは女性が基本料金無料で、男性が月数千円取られます。

さらに言えば、女性は顔写真がなかろうとプロフィールが未記入だろうと最低50いいね付きます。

多くのアプリが男女比率を1:1にしようと頑張っていて、それでなおこの現状。

ところがアプリの相談フォーム(ユーザー同士が回答し合う)では「女性です、毎月200いいねもらいますが理想の相手に出会えません」と、イチ非モテ男性からすれば「ぜ、ぜいたくだ…」と思う悩みを吐露していたりするので、わけがわからなくなります。

不幸の属性が違うので語っても不毛である

これはちょうど、男女で別のスポーツをやってるみたいなもんです。

そもそも一般的な男性と女性では体のつくりが違います。

女性は力が弱く、子どもを産む能力がある。

男性は力が強く、子どもを産む能力がない。

この差が非対称性を生むことは間違いないと思われます。ここまで違っていれば当たり前。どっちが不幸か、って話じゃなくて、競技が違うんですね。

例えば「女性が男性と歩いていると絡まれなくて済む」「誠実に話してたと思ってたのに、ヤリモクだと勘違いされた」みたいなエピソードは全部これに由来します。

どっちが不幸なのかは原理上決めようがないし、無理に決めるとまたそこで軋轢が生まれてしまう。

これは私の持論なのですが、結局人間って持って生まれた属性は変えられないので、ラクに生きたければそれを武器にするのが手っ取り早いんですよね。

それを否定し、社会を変えようと頑張るのがフェミニズムで、その思想はとても高潔だと思います。

ただ、私は社会に変革を求める人々の高尚な理念には共感する一方、イチ個人として見たとき、それに自らを投じるのはちょっと荷が重いように思われます。

自分以外を変えて幸せになるより、自分を変えて幸せになったほうが早い、っていう。

だからこそ色々やっちゃってよくて、究極的には整形だって本人が望むなら構わないと思います。

自分の人生を生きられるのは自分だけなので。

強いて言えば「非モテ」が不幸である

男女で分けるのではなくて、モテる、モテないで分けてみたらどうでしょう。

イケメンや美女の生涯年収はそうでない人々より高いというデータがあるように、顔の良さは社会において明らかにプラスに働きます。

実際、かれらはモテるんです。

これは様々なデータが示していることです。当たり前すぎる話。

モテるというのは「誰かから必要とされること」でして、顔が良いだけで承認欲求を満たせちゃうんですね。満たせてない人もいますけど。

こう考えると、非モテ男性と非モテ女性が争い合うのはよくないとわかります。競技は違いますが「モテなくて悩んでる」って点では同じなので。

そして、究極的にいえば本当に戦う相手は「モテる奴」ではなく、自分自身の考え方ではないでしょうか。

それこそ学生であれば顔かスポーツしか尺度がありませんが、社会人になれば無数の尺度が生まれます。金を稼ぐ奴、面白い奴、頭の回転が速い奴、絶倫な奴…。

顔は確かに重要ですが、それだけで全て決まるのなら、人類なんてとっくにイケメンか美女しかいないハズ。

お金だって、まあそりゃ下のほうの限界はあるでしょうけど、貧しくても二人で助け合って生きている夫婦なんていっぱいいます。

お金とか顔以外の要因も無視できません。自分が世界一不幸だと開き直るのもたまにはいいんですが、とりあえず目的に向けて何か行動してみる、ってのもアリかもしれないですね。

自分の人生は自分しか生きられないので、幸せになりたいなら自分自身が「目覚める」しかないのではと。

これは残念ながら他人に言われても「ウッセ~バカ!そんなことは知ってる!!」としか思えないのでいつか自分で気づくしかないです。私もそうでしたから。

一見役に立たない正論のように見えます(実際嫌な「正論」だと思います)が、了承してしまえばこれ以上に当たり前のことはない真理でもあります。

自分の幸せを自分でつかみに行きましょう。

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