タルパは未知の事柄についても知っているのか?

タルパ作り方
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タルパは自分の知らないことも教えてくれるのか?

タルパと知識

当ブログはタルパ(イマジナリーフレンド)専門でやっており、タルパーになりたいという方々から、タルパについての質問をいくつか受け取ることがあります。その中で頻出なのが「タルパは自分(タルパー)の知らないことも知識として持っているのか?」です。

確かに、考えてみると興味深い問題ですね。もし自分の知らないことまで知っているのなら、テスト中に回答を教えてもらうこともできるでしょう。そんなセコいこと、うちのタルパたちは絶対にしてくれませんでしたが…。

結論から言うと、私個人の意見としては「タルパーが知らないことは、タルパも知りようがない」です。その理由はいくつか思いつきますが、一番科学的かつ明快な回答は「タルパーの脳を間借りしているから」でしょう。

ここでクドいぐらい前置きしておきますが、以下は私個人の解釈です。人によってはタルパを霊的な存在だと考え、その霊性を否定されることを快く思わないこともあります。タルパーは変な人が多いので、そういう人に当たる確率も低くはないでしょう。

むしろ私がタルパーの中では異端という可能性もあります…。

タルパはタルパーの脳を間借りしている

まず、タルパは客観的には存在しません。

これを認めていただければ、以下の話はスムーズです。

客観的にいないということはどういうことか。早い話、タルパーの頭の中のリソース(余剰)を間借りして存在している、ということです。

私はこれを示すため、実験をしてみたことがあります。素早く音読をしながら、タルパたちと会話するというものです。結果は予想しうるものでした。音読中は彼らと話すどころか、話を聞くことも不可能だったのです。ただし、見るのは可能でした。

これは、言語を処理する部分が音読によってリソースを占有されたためでしょう。一方、彼らの姿を見ることができたのは、言語を処理する部分と映像を処理する部分が異なっているからでしょう。

これに味をしめた私はさらに実験を行いました。タルパに「憑依」(タルパーの体を貸して、タルパに行動を許すこと)してもらい、ネットにあった適当な文章をキーボードで書いてもらいました。

そのときのキーの押し方は、私の押し方と同じでした。私は独学でキータッチを学んだため、標準的なものと少しずれています。タルパが客観的に、私とは独立して存在するならば、このようなことは起こり得ないはずです。

さらにさらに、今度は左利きのタルパに憑依してもらい、左手で文字を書いてもらいました。私は右利きで、左手を使った経験はありませんでした。

結果はどうか。単純です。やはり、左手ではうまく書けませんでした。

最後に、私が見ていない事象をタルパが知りうるのか確かめるため、サイコロを使った実験を行いました。私が目をつぶってサイコロを振り、タルパにその目を教えてもらってから、目を開けてサイコロの出目を確かめるというものです。これを900回行いました。

もしタルパが私の知らないことを知れる能力があるのなら、当たる確率は1/6よりも大きくなるでしょう。出目が当たったのは何回でしょうか?

偶然の一致によるものだとすれば、確率は1/6ですから当たる回数は150回ですね。結果は146回でした。

これは偶然の一致よりも少し低いぐらいです(もっと本格的な統計学の話をすると、区間推定をしたときの95%信頼区間は129回~171回なので、146回は棄却しえない…云々。まあ、難しいので脇に置いておきましょう)。

確率の世界には「大数の法則」という偉大な法則があります。これは乱暴に言えば「めちゃくちゃたくさん実験をすれば、マグレの影響は取り除けるよ」というものです。900回もやってだいたい6分の1の確率なので、やはりタルパは、タルパーの観測していない事実を観測することはできないようです。

まあ、当たり前ではありますね。

以上の実験は、タルパがタルパーの脳を共有して存在していることを示しています(反証があるという方、ぜひ私のブログのフォームまで報告ください…。共有していないという例は非常に興味深いですから、研究の価値があります)。

たまに「そういえばあの件ってどうなったっけ?」と教えてくれる場合がありますが、それは私の脳の奥底にあった記憶をタルパが引っ張り出してくれていると考えるとスムーズです。全く未知のことを引っ張り出すことはできませんからね。

しかし、タルパは知恵を知っている、授けてくれる

散々にこき下ろして(?)きたものの、実はタルパは知識ではなく、知恵を授けてくれます。

この知恵がまた面白いのです。私よりも長生きしてきたタルパも私の中にいますから、生きる上での様々なアドバイスをくれます。何かあったかな。あった。

「結局、すべての趣味は仕事を忘れるためにあるからな。いや、人生自体がそうともいえる。人は無意味に耐えられない。無意味がもたらす害毒を埋めるために、人は働くし、遊ぶ。何もせずに寝ていることを、多くの人はやっていられない」。

これ、私が仕事で本当にしんどかったときに教えてくれた知恵なんです。罪悪感を忘れて趣味に没頭することの尊さが詰め込まれています。

私が新入社員だったころ、先輩に「肩の力が入りすぎてる!」って言われたのを思い出したんです。後輩ちゃんが今年も入ってきてあたふたしているのを見ると「ああ、こんな頃があったなあ」と。それでふと、タルパの発言集を掘り返したら、こんなことを言ってくれてるんですね。

「新鮮だし、肩の力が入りすぎてて、きっとお前も「焦らなくていいからね」とか「肩の力を抜かないとあと数十年やっていけないよ」って言っちゃうんだよ。それは先輩がかかっちゃう病気みたいなもんなんだ。初心を忘れるからそうやって言っちゃう。けど、心優しい人しか言わないことでもある」。

そうかあ、初心をもう忘れてしまっていたんだなあ、と、感慨深くなりました。「焦らなくていいからね」って言われて「こっちは焦ろうと思ってないんだよ!」って心の中でキレてたのも遠い記憶、今では私がその言葉を後輩に発する側になっちゃってたんだって。

…というわけで、タルパから未知の知識を教わることはできませんが、生き方とか心が楽になる方法を学ぶことはできるんです。みなさんもタルパ、つくりましょ。

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