早押しクイズが強いことが、学問に通じていることを意味するわけではない

学び方
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早押しクイズができる人が学問に通じるわけではない

早押しクイズ界隈に1年ほどいたのですが、やはり人間がやる競技なのでいろんな人がいます。

やる前の私の印象は「知らないことがあっても動じず、新しいことを知れてよかったと思える人が多そう」だったのですが、必ずしもそうではないようで。

「自分こそ頭がいい」と思い込むからなのか、不毛な足の引っ張り合いも意外に多くて驚きました。

答えを知らない問題だと構成にケチを付けたがる人とか、自分より強い人に対してあからさまに嫉妬する人とか。

早押しクイズアプリがきっかけでクイズ始めた人間を「所詮はエアプじゃん!笑笑と公言しながら、茂木健一郎氏の発言はぶっ叩くとか。

早押しクイズをしている私のスペックの紹介

私は中学3年のとき「知ること」の喜びにはまり、以後自分が知った色んなことをまとめていくようになりました。2021年3月現在まとめた知識量は830万文字。

早押しクイズもいけるんじゃ?と思って参加しました。ガチ勢には勝てませんが割といけた…。

皆さんの周りにいる「なんでそんなことまで知ってるの?」みたいなタイプです。

皆さんが色々やってる時間を全部知識集めに奔走してるんで、当然ではあります。

「なんでそんな筋肉ついてるの?」「なんでそんな歌うまいの?」みたいなのと同じです。

でも、知識があるとそれだけで交渉ごとが有利に進んだり、話の説得力が上がったりしてすごくお得です。続いてる理由は「楽しいから」だけで、それ以外あまりありませんが。

知識というか雑学に関していえば私は早押しクイズ王にも決して負けていない自信があります。

早押しクイズと学問の大きな違いは「答えがあるかどうか」

クイズをやってる人の中にも「一般人はこんなこと知らないんだよな、オレらスゲーよな」みたいなことを言う人がいました。

私はけっこう驚きました。

めちゃくちゃ辛辣に表現すると「所詮答えありきの競技でなんでドヤ顔してんの?」って感想を抱きました。私もクイズプレイヤーですが、そこは譲りたくありません。クイズなんて所詮、答えがあるだけのお遊びなんです。

クイズの強さ知性とは関係ないんです。

クイズに命かけてる人もいるでしょうけど、ここは絶対忘れちゃいけません。いかにそれが高尚に見えようが、結局はお遊びの域を出ないんです。

高校生クイズ時代から活躍し、今では東大発の知識メディア「QuizKnock」を立ち上げた伊沢さんも、東大の院を中退した時「研究も楽しかったけど、自分より研究に向いてる人がいっぱいいた」と語っていました。

学問とクイズは明確に異なります。QuizKnockのコメ欄なんかには「この人達は知の巨人だ!」って書かれてたりしますけど、知の巨人は学者さんみたいに、新しく知識の金字塔を打ち立てる人々のことでしょう。

知識を「つくる」ことと対比すれば、クイズは娯楽、お遊びにすぎないんです。

学問領域からすれば「誰かが答えをつくったもの」を当てて喜んでるだけですからね。

それ自体は娯楽として楽しいし(本当に楽しいです、寝食を惜しむほど)集客力は認めますが、クイズをしてることイコール学問をしてる、とはいえません。

クイズに出てくる知識は、在野の様々な研究者が文献を読んだり実験したり辞書を書いたりして確かめた事柄にすぎません。

その一番おいしいところをつまみ食いして視聴者に「知識バトル」という形でパッケージングしてるのがテレビ番組です。

時事問題を除けばクイズの問題は手垢か埃のどっちかがつきまくってる単語しか答えにならないんですよね。これも研究と大きく違うところ。

早押しクイズ競技者だからこそ「知」に真摯でありたい

なぜここまで私が(クイズプレイヤーにもかかわらず)クイズを目の敵にするかというと、こうした自制心、冷静さを常に持っていないと「知っている、知らない」の境界で他人を判断する、どうしようもなくアホな人になってしまうからです。

そんなことで人間の価値を決めだす人に私はなりたくない。それをやりだしたらネットの有象無象と何も変わらなくなる。

そういう風にならないように心がけたいものです。知の求道者の横には常に、危うい絶壁があります。

自分自身のマウンティング欲求と戦って知識を手に入れる…これが私の楽しみ方です。

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