非モテの恋愛工学は実際モテるけど、でも人間蔑視で美学がない(気持ち悪い)

倫理学
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恋愛工学のグロテスクな価値観と非モテ思想

こちらの記事を読みました。「初めての合コンに立体機動装置を付けていったら」というものです。

初めての合コンに立体機動装置を付けていったら
あのさぁ 人生初の合コンに呼ばれたんだよね。 そんでさぁ 初めてなもんでさぁ 勝手がわからないじゃん? だから、ネットで合コンについて調べて準備してたんだわ。 俺、事前のリサーチは欠かさない派だから。 圧倒的データ派だから。 そしたらさぁ

めちゃくちゃ深いこと考えて書いてるとかじゃなくてそういうネタなんだと思いますが、私は様々なことを学びましたよ。

立体機動装置は「進撃の巨人」に登場する、巨人を倒すための装備のこと。それを10万円で購入した主人公が合コンでモテを画策しますが、結果はキモがられて終わり、という話。

…インフルエンザの時に見る夢なのか???

しかし私はここに、恋愛工学というある種グロテスクな思想との共通点を見出しました。

まさに立体機動装置はこのエピソードにおいて「恋愛工学」の象徴になっているのです。

え?そんなこと考えてない?そっか…。

恋愛工学とはどんな思想か

恋愛工学とは、恋愛について『工学的』なアプローチを取っていこう、という考え方のことです。工学的というと何を思い浮かべます?

私はこういうのですね。

箱があって、入力と出力がある。

同じ箱に同じ入力をすると、出力は必ず同じになる。

恋愛工学のいうところの本質はまさにそこで、相手が誰であっても一定以上の確率で「お持ち帰り」を成功させることを目的としています。

ところが当然、勝率は100%にはなりません。人間は複雑系で、実際には目に見えない様々な入力値、ステータスがあり、それらを常に等しくできることなどありえないからです。

しかしこれは私の全力の負け惜しみでもあります。恋愛工学とは言い換えれば、一定のペースで女性を持ち帰れる、つまりセッ久できるという思想なのです。

恋愛工学はなぜ非モテ男性にウケるのか

そもそもそんな思想があること自体、知らなかったという方も多いでしょう。しかし実際、この考え方は特に(女性嫌いをこじらせた)非モテ男性にウケています。

なぜなら(以下、かっこ書きがなくても「女性嫌いをこじらせた」がつくものとする)非モテ男性は、特定の相手にアプローチする勇気がなく、まるで軒下からその誰かを見つめている『モンスター』のような存在だからです(これは私もそうなので、自戒を込めて呼んでいます)。

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特定の相手にアプローチできないのなら、モテたい対象は「不特定多数」のみ。そうやって不特定多数の女性と性行為をして、自分に自信をつけていこう、という価値観が恋愛工学です。

恋愛工学は相手の女性を女性扱いどころか、人間扱いしません。強いて言えば「箱」と同じ。さっきの図。

相手の女性を箱とみなして、同じことばをかける。そうすると同じ言葉が出てくる(出てこなかった、断られた場合はすぐに逃げる)。

これを繰り返して行為に至ろう、という不純極まりない思想なのです。

ところが、不特定多数の誰でもいい、とにかく誰かと付き合いたい、相手が女性なら誰でもよいという男性にとって、この思想はまさに天国のように映ります。

今までどんなモテ術もテクニックも自分を救ってこなかったのに、恋愛工学を実践してお持ち帰りに至っている元・非モテがいる…と。そうして自分もズブズブと沼にはまっていきます。

非モテに恋愛工学がウケる理由はたった一つで「恋愛工学が、不特定多数の女性と付き合う方法論を述べているから」です。

恋愛工学はなぜ女性蔑視・人間蔑視的なのか

先ほどの記事において、主人公は10万円の立体機動装置を持ち出しました。これを恋愛工学の教材と同一視してみます。

恋愛工学はあくまで不特定多数を持ち帰るための技術にすぎません。

合コンで取り出しても意味がないのです。

つまり、すでに良好な関係を構築しようとしている間柄において、恋愛工学は実際のところほとんど意味がなく(そもそも街のナンパから行為への一直線ルートしか示していないので)ましてや友人関係に応用するものではありません。

なぜなら恋愛工学では、性行為に至った「後」のことが、全く描かれていないからです。これが恋愛工学を私が女性蔑視、人間蔑視であるとする根拠です。

その後、実際にどのように恋人として女性を尊重して、人間として大事にして付き合っていくか、なんて方法は書かれていません。

実際に行為してそこから付き合うことになったとして、それでじゃあ、一体どうなるのか、そこから?

素・恋愛工学生を名乗る「ナンパ師」の教材を読んだことがありますが、それはそれはもうおぞましいほどに空虚で救いようのない思想でした。

男女の交際で本当に大事なのは、告白でOKをもらった「後」なのに、その部分が丸ごと除去され、まるで恋愛に人間関係のケアなんて全く必要ないかのような、一度行為してしまえば一生を添い遂げるような書き方だったからです。

健全にオツキアイしてきた皆様には当然わかるかと思いますが、一時の迷いで相手のことを好きになっても、その後の態度でいくらでも感情は揺れ動きます。

でも、恋愛工学は別にそれでいいんです。

なぜなら、ナンパして行為に至るまでだけの間しか見ないから。

恋愛工学は実際、効果的でさえありうる、だから怖い

巷では「恋愛工学なんて無意味な方法をなぜ非モテはとるのか」と偉ぶったインテリチックな言い回しで非モテを軽蔑している言動が見受けられます。

でも、そもそもそんな正論が通じるなら非モテになってないです。

実際、以下のような理由で、恋愛工学は効果的でさえあり得ます

まず、非モテ男性が欲しいのは不特定多数との女性との行為経験であり、それは言い換えれば「経験人数」でしかありません。

一番手っ取り早く経験人数を稼ぎたいなら、それはもう女性をいちいち尊重できる人間だとか、誠実に付き合える異性だとか思っちゃいけないんです。

嫌な話ですけど「明日までに3人の女性と寝ろ、さもなくば殺す」と脅されたとしたら、誰だって街中でナンパして喫茶店でお茶してホテルに行くでしょう。そういう類のことを彼らはやってます。

何人とヤッた、という幼稚な、しかし(特に中高生の)男におよそ普遍的な価値観だけが彼らの頭を支配しています。

私が恋愛工学を人間蔑視とする根拠はここにもあります。人間一人一人との誠実なお付き合いの方法なんてどうでもよくて、女性のことを「数」としか思っていないのです。

数合わせでとりあえず行為まで至ればそれで終わりで、後はもうどうなろうと構いません。数が一つカウントされて、自分の自信に繋がれば。

自分の自信とは言いますけど、実際のところそれは「他の友人に『俺は百人の女と寝たぜ』と自慢する」だけのものでしかない。

あっちの席でオッサンは言ったよ 「オレは百人の女と寝たぜ」
こっちの席じゃ若者が「男の価値はなにで決まるのかな?」
そしたらとなりの女が「そんなの”家族”に決まってるでしょう!」

https://j-lyric.net/artist/a000db4/l028971.html 斉藤和義「月光」

不特定多数の女性と寝る、その「数」を自慢する、それによって承認欲求を満たす。このような歪な欲望の中に女性を「箱」として置き、機械作業のように選別していく。

しかし厄介なことに、いくら外部が「それは人間蔑視だ!」「そんな方法で女性が満足するのか!」と怒っても、彼らにとっては平気平気。

そもそも恋愛工学とは女性の人権を思考の埒外に置いて初めて成り立つ思想で、非モテ「数を満たしたい」という需要に、非常によくマッチする。

これはもう、のっぴきならない問題です。一体どんな理論なら、彼らを説得できるのか。

私はその答えを見つけられていませんが、実はさっきの記事にヒントがあると思っています。

合コンのような場に恋愛工学を持ち込んでも無意味だと、彼ら自身が学ぶしかない。

つまり「寝た女性の数ではかられる価値なんてちっぽけで、むしろ大事なのは誰かひとりの女性をこよなく愛することだ」と。

それを他人が説得するのではなく、自分で気づく必要があります。

立体機動装置を買って悲しむ非モテ男性がいなくなることを祈っています。

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