政治家が放つ「政治とは命の選別」が正論と称賛される時代になったのだなぁ

政治
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政治は命の選別であり続けるか

れいわの立候補予定者が「命の選別」発言 山本代表釈明:朝日新聞デジタル
 れいわ新選組から昨夏の参院選(比例)に立候補し、今後の国政選挙の立候補予定者である大西恒樹氏(56)が動画投稿サイト上で「どこまで高齢者を長生きさせるのか。命、選別しないと駄目だと思う」などと発言し…

れいわ新選組から昨夏の参院選(比例)に立候補し、今後の国政選挙の立候補予定者である大西恒樹氏(56)が動画投稿サイト上で「どこまで高齢者を長生きさせるのか。命、選別しないと駄目だと思う」などと発言した。命の選別を容認する発言に批判が広がり、山本太郎代表が釈明する事態になっている。

動画は大西氏が投稿し3日に公開された。少子高齢化問題に触れるなかで、「高齢者を長生きさせなくてはいけないという政策をとっていると若者たちの時間の使い方の問題になる」などと主張。「命、選別しないと駄目だと思う。その選択が政治。選択するんであればもちろん高齢の方から逝ってもらうしかない」などと述べた。

政治家がこんなこと言っちゃうんですね。

政治の本質は「選別」ではない

大西つねき氏の「命の選別」発言の問題点(文字起こし付き)|荻上チキ|note
れいわ新撰組の一員である大西つねき氏が、「命の選別」なる発言を行い、twitterで議論になっていました。僕もこの動画を見た上で、この発言は問題であり、優生思想的な発言だなと感じました。そのことはラジオでも言及しています。 【音声配信】「差別発言をめぐるれいわ新撰組の対応の問題点とキャンセル・カルチャー」荻...

どこまでその高齢者を、まぁちょっとでも長生きさせるために、こども、子供たちと若者たちの時間を使うのかっていうことは、あの真剣に議論する必要があると思います。まあこういう話多分、政治家怖くてできないと思うんですよ。まあ命の選別するのかとか言われるでしょ。命選別しないとダメだと思いますよ。ハッキリ言いますけど。何でかっていうと、その選択が政治なんですよ。あの選択しないでみんなに良いこと言っていても多分それ現実問題として多分無理なんですよ。そういったことも含めて、あの、順番として。これ順番として、えっと、その選択するんであれば、えっと、もちろんその、高齢の方から逝ってもらうしかないです。

※切り取りだという意見に対して:私は動画を全て見たうえでこの記事を書いています。誤読がないように何度も何度も聞き返し、それでもなおこの発想がおかしいと確信しました。

…………。

まずもってこれは正論でも何でもなくてただの言い訳なんです。

自称リアリストがネットで息巻いて「どちらかを見棄てるしかないのだよ」「現実問題を考えない鈍頭は黙っていよう」と神にでもなったかのような尊大さで言ってみせますが、それは強者側、体制側の論理に他なりません。

いつだって弱者の意見は切断され、排斥され、無視されてきました。

攻殻機動隊で草薙素子が「世の中が不満なら目と口を閉じろ、それが嫌なら耳を塞いで過ごせ」みたいな内容のことを言っていましたが、我々は聾者ではありません。

一人一人が心を持ち、自分の主張の正当性を世の中に問うて、社会を変える力を持っています。

リアリストがこの文章を読めば全てが「それは理想論だ」に脳内変換され「現実的ではない」「政治がわかっていない」と、壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返すことになります。

銀でコーティングしたクリシェをマシンガンに装填して「反体制側」を口撃するマシーンと化します。

民主政治とは、我々国民一人一人が持つ「好き勝手生きる権利」(自然権)を一度国に譲渡し、国民から選ばれた代表者がその利を束ねて安心と安全を保障する装置(つまり警察とか)を作り破滅的な闘争から人々を遠ざけていく、

そんな政治です。

ここで我々は自らが持っている権利と暴力装置とのせめぎ合いを体験し、国民が譲渡した以上のことを国がやり始めるならメガホンとペン、あるいは剣と盾を持って国会議事堂の前を行進することだってできます。

自称・現実主義者がそれをすることも、私はもちろん認めます。

国民主権たる国家の国民の正しい在り方です。

政治家が「切り捨てなくてはならない」と言いだすのは、それが彼らにとって何よりも都合が良いからです。

自分たちの意志に従わない者を暴力装置によって罰し、拘束し、ついには死にまで至らしめることができるからです。これが正論として持て囃される時代が来てしまったことに、私は悲哀を禁じ得ません。

体制側の言動に賛同する主権者たち

「攻殻機動隊」の草薙素子の「不満があるなら聾唖でいろ」という台詞がなぜか「格言」として紹介されることに違和感を覚えるのですが、今回の例もそれと同じです。

なぜ体制に都合のよい意見を支持するのか?みすみす彼らの暴走を許すのか?

きっと「リアリスト」なのでしょう。

自分は何よりも国のことを現実的に考えているし、その自信がある。

キレイゴトで国は救えない、民主主義における少数派は常に迫害されてもしょうがない、1000人を救うためには1人を殺してもいい、その1人の意見なんて無視されてもしょうがない、それが政治なのだと、そんなことを考えている人達なんでしょう。

もちろん、結果として政治が選択を迫られる場面はあります。

例えば北朝鮮拉致被害者の問題なんてその一つで、本当は助けに行きたいけど人的被害が莫大になるから無理なのです。ダムをつくれば町が沈むけど、つくらなければ下流地域が沈む、これも同じ。

でもそれは「結果的に」であって、これまで結果的に政治が選択してきたから、これからもずっと選択していいという理屈にはなりません。

自分や自分の身近な人が常に体制側であるというその自信はどこから来るのか?

なぜいつも自分だけは「選ばれる」側だと言い切れるのか?

今の若者だって必ず高齢者になって選別されるのに?

「破棄」される側になるかもしれないのに?

そんな国であってほしいと本気で願うのなら、もうどうかしています。

その考えが抜け落ちる瞬間、国を憂う現実主義者は正義なき理屈機械と化し、言論は地に落ちます。

あなたの大切な人が死んでも受け入れられますか

仮にお年寄りの「命」を選別するようになったら、何が起こるでしょう?

仮にあなたの家族、親戚、恩師が選別されて「破棄される」ことになったとしましょう。

あなたが年を取って「破棄される」ことになったとしましょう。

あなたが破棄する立場に回ったとき、平等に自分、親や恩師を「選別」し「破棄」できますか?

いわばこれは「今いる高齢者に逝ってもらうのか」という話だけでなく「今いる若者が年を取っても、同じように逝ってもらうのか」という問題をも含む深遠なテーマなのです。

リアリストたちはどうやらずっと「選ぶ側」である自信が大アリのようですが、話になりません。

常に勝ち馬に乗れるとは限らず、しかもそんな国が「現実的」だなんて。

「現実的でない」「もうそんな理想論を言ってられない」と言っておけば格好がつくように思っているのでしょう。

主権者でもある弱者の意見を不当だと切り捨て、さらに命までもを平然と奪いとる社会のどこが民主的なのか?

そんなのは日本人が未開だと蔑むあの北朝鮮と何も変わらない。

民主主義についてはこちらに詳しいです。

増え続ける高齢者に対する解決案

まあそもそも「増え続ける」なんて予想は人口学者の間ではたかだか数十年としか考えられておらず、そこを超えればあとは緩やかに減るだけになっていくので「高齢者を選別すべき」かどうかでも異論はあります。

ただ、思考停止的に「全員は救えないのだ」と言ってみせても、あなたやあなたが大事な人の命が暴力装置により一方的に奪われる、そんなディストピアみたいな社会が私は嫌だから全力で反対します。

それがリアリストのいう「現実的」なら、私は理想主義者でいいです。

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