冗談ばかり言う人はどんな心理なのか、なぜ面倒なのか、当本人の私が考えてみる

心理学
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冗談ばかり言う人は何を考えている

みなさんの周りにもいるでしょう。常に冗談ばかり言わないと気が済まない人。それ想像してください。で、それが私です。

私は現実世界でもネットでも呼吸するように冗談を言ってばかりです。それを「不快に思った」とか「興味深い」と思う人もいるので、ここらで考察してみます。

冗談ばかり言う人は「外向的」

まず断言してもよいですが、冗談を好んで他人に言う人は非常に外向的です。冗談が好きで呼吸するように言っているのに人嫌いな人を見たことがありません。

もちろん「冗談を考えて一人で笑う」タイプもおり、こちらは内向的だったりします。ただ「他人に言う」となるとこれはもう外向的以外のナニモノでもありません(後に根拠をつけて説明します)。

つまり興味のベクトルが外側に向いており、他人に興味関心があるのです。

私自身、自分の周りが笑顔でいることが最高に幸せだと感じますし、自分のネタで誰かを笑わせたいという欲求もあります。

必然的に、周りには面白い人がたくさん集まってきて、そこかしこで冗談が飛び交う環境です。これ、冗談大嫌いな人間にとっては地獄かもしれないですね。

ではなぜ「冗談ばかり言う人=外向的」だとわかるのか。それはひとえに以下の理由に依ります。

「笑いは、他人を知ることでしか生まれてこないから」。

冗談、ジョークは「メタ的」である

なかなか難しい話になります。笑いの本質についてです。

ずばり「笑いとは、新しい文脈を共有しようとするコミュニケーションの方法である」という説です。これは社会学でもけっこう真面目に研究されてて、専門用語では「メタ・コミュニケーション」と呼びます。

メタ(meta)とは「高次の」という意味ですね。現代では「メタい」という形容詞にもなっています。

メタいとは、登場人物が(自分の出演する)作品や(こちら側の)現実について言及しているときに使う形容詞です。

例えば桃太郎が「桃が川から流れてくるなんて昔話だけですね」って言うとか「あなた方の世界では『めでたしめでたし』は通用しないんでしょう?」って語りかけてくるとか。

こういうセリフがちょいちょい創作作品に入っているのは、何よりも面白いからです。急に背中からナイフぶっさされたみたいな意外性がありますよね。

笑いは実は多分にメタ的な要素を含みます。つまり人間が面白くて笑うのは、何よりも自分自身がそのネタを「客観視」しているからです。

これはいじめにおいて「笑い」「嘲笑」が主な要因になっていることとも関連しているでしょう。いじめられている(笑われている)当人はいたって真面目なのに、傍からそれを見る人が笑っているのは、被害者を客観視できるからです。

さて、笑いが高次の云々という話ですが、以下の文章を読んでみてください。

ベス○電器は業績が悪くなるとベター電器になり、赤字になるとワースト電器になるらしい

筆者の過去のツイートより(削除済み)

16 :風吹けば名無し:2019/01/09(水) ID:3PzxfG410

>>11 出し過ぎやろ 多くても1日2回だわ

22 :風吹けば名無し:2019/01/09(水) ID:+HzoLJf7a

>>16 ワイも1日4回出るわ

36 :風吹けば名無し:2019/01/09(水) ID:3PzxfG410

>>22 マジかよ・・・ 食事の回数よりウンコの回数が多いとか赤字やん・・・

2ちゃんねる迷言集 https://twitter.com/mg2b5/status/1182661032721965056

世界で初めて死刑を宣告された人
「またまたぁ〜」

https://twitter.com/haqm__/status/1368533932409454602

これらの書き込みでクスッとできた方はいるでしょう。「なぜ面白いのか」を考えてみます。

まず「ワースト電器」のツイートですが、これは紛れもなく現実世界の「ベス○電器」の名前をもじった笑いです。「らしい」と書いてはいますが、これを本気で取ると全然笑えなくなります。

一企業が破産するほどの大事件が起こっている最中に社名を変更することなんてありえないし、ましてや悪いほうに変えることなど…。伝聞調で書いてはいますが、そんなこと真面目に言う奴はこの世にいません。

2番目の「赤字やん…」。こちら、本気で考えればそんなことはあり得ません。質量保存の法則といって、化学変化の前後で質量は変化しない、という自明な法則がありますし、そもそも食事とトイレの回数もそれらの増減を意味しない。

最後の「またまたぁ~」。世界で最初とか関係なく、誰であっても普通にショックでしょうし、嫌でしょう。ただ、「最初に宣告された」というパワーワード感と「またまたぁ~」と、まだ信じてない言い回しをしていることでおかしさが出ています。

これらの笑いに共通しているのは、冗談の作り手と受け取り手がともに手を携え、冗談を一歩見下ろす形になっていることです。

もし受け取り手が冗談と同じ階層で解釈を試みると、全く笑える事態ではなくなります。そこでこういったジョークには必ず「不謹慎だろ」「そんな事実はない」「デマを流さないでください」というリプライがつくのです。

笑うことができるのは、それが笑いであるという暗黙の了解がお互いにあるからなんですね。

また当然、笑うことができるネタは「当然の事実」ではありません。どこか斬新な点を残しています。以下の文章で笑えるでしょうか?

  • 1582年、織田信長は本能寺の変で人生を終えた。
  • 万有引力という法則はニュートンが発見した。
  • 本とは、本である。

全く面白くありませんね。なぜなら当然の事実(従来の文脈)だと、自分がこれらの文章を一歩高いところから見下ろすことができないからです。

これは、皮肉屋と呼ばれる人々が時に冷笑的であることと関連しているように思います。一歩高いところから人々を見下ろすクセがあり、それが皮肉という笑いになっているのです。

冗談ばかり言う人は「笑い」によって周りの人々と新たな文脈を共有し、それによってコミュニケーションを取ろうとしているのです。

こんな奇特なことをする人は内向的ではありません。内向的なら別に共有せず、ひとりで笑っているでしょうから。

冗談ばかり言う人の言葉に傷ついたときの対処法

だから、冗談を好む人間の冗談に傷つくことがあったとしても、本当に深い悪意があって発されているものではない…という可能性を忘れずにおいていただけると、助かります。

でも本当はむしろ「善意で、盛り上げようとして言った冗談が傷つく」ほうが厄介だったりします。そこで対処法を述べます。

まず、冗談好きの人間として一番気にしている(しなければならない)のは「相手にとってその冗談は許容されるものなのか」です。これは大事。

もしわきまえなければ、同僚の「離婚したんだよね~」に「へぇ~死別?離別?それとも、差別?」みたいな(人を心底憎ませる)冗談を口にしたり、上司の「オレを励ましてくれ…」に対して「部長!励まさなくてももう、ハゲ増してますよ!」とクソおもんない冗談を吐いてしまったりします。自分で書いててムカついてきた。

ところがこのラインは非常に見極めが難しいというか、無理です。すみません、無理です。

なぜなら人類には「気持ちが全て読み取れるセンサー」などないからです。残酷ですが「冗談に傷ついたのなら、それについて言及してほしい」と思っています。

少なくとも態度に出してください。その場で笑っておいて「察してほしい」とかは無理です。

これは責任転嫁ではなく、もう極々当たり前の事実です。少しは察する努力をしろ~!と怒られても仕方がありませんが、少なくとも私は努力しています。

努力して「この冗談は言ってもいいかな」と考えた上で発したのに傷つかれることはあるわけで、これはもう人間だとどうしようもありません。

もし冗談を好む人と関係性を構築したいのなら「今の冗談は言わないで」と頼む必要があります。自分でずっと黙って一気に爆発、というのがお互いにとってもっとも不幸ですね。

ちなみに冗談好きの私ですが、どうしても許容できない冗談が「自分の性的指向に関すること(私は少年愛です)」「頭の中にいるイマジナリーフレンドをけなされること」です(ほかにもあるかも)。

そういう時は、自分が冗談好きであってもやはり腹は立つし悲しくなるし、ちゃんと口にするようにしています。口にしないと絶対に伝わらないのだと、当人として知っているからです。

「傷ついたら、傷ついたと言う」これが一番大事で、それ以外に方法はあんまりありません。

もしどうしても許せないことを言われたなら、黙って距離を取ってもらってもまったく構わないと考えています。人間同士なので相性はあります。

私や私の周りの大多数にとって全く問題のない冗談があなたにだけ刺さることはあり得ますし、逆にめちゃくちゃ人を選ぶ辛辣な冗談があなただけにとってものすごく面白いという可能性もあります。

ここらへんは結局ケースバイケースでしかなく、その場その場に応じて対応していく必要があります。

冗談好きはどう生きていくべきか

一方で冗談ばかり言う、というあなたに向けても書きます。私は冗談好きであることをとても誇らしく思っています。

身ひとつで自分や他人を幸せにできる能力ですから、有効に使いましょう!

とはいえ

  • ジョークとみなせる境界線を探ろうとすること
  • その場にいる誰かを不快にしていないか自省すること

は忘れないでください。一例では人口の8%いるとされるLGBTQの人々(黙ってることが多いです)の存在を「なかったこと」にして「キミ、まだ童○なんでしょ?」と言うとか、そういうアレ。

これ、私は別に問題ないんですが、やってる例を身近に見て「頼むからそういうのは…そういうのは、公の場でやらないで…!!」ってなりました。ハラハラしました。

冗談は高い次元のコミュニケーションなので、人を傷つける可能性を常にはらみます。

一方で「傷ついたと表明された」ときに落ち込む必要もありません

私は相手を傷つけたことを申し訳なく思う一方、冗談を言ったこと自体は何も思いません。善も悪もなく、結果だけがあります。その理由は二つあります。

まず、多くの不確定要素によって「相手を傷つけるか」が決まってくるからです。相手や相手の体調、自分の言い方など、様々な状況で。

当然「あの日はよかったのに今日は駄目」「あの人は気にしないのにこの人は気にする」が起こりえます。冗談は原理的にはそんな不確定要素を色々切り捨てて発されるものなので、「相手を傷つける」という結果を恐れていると、何も言えません。

どうしても冗談が駄目なら、お互いにとってそれは不幸であり「もっと相手と距離を取る」という方法に行きつきます(私はいつもそうしています)。そうしないと、また相手を傷つけるからです。

二つ目に、コミュニケーションの手法として冗談を言うことは私のアイデンティティであり、これを除くと私が私ではなくなるからです。

他人にそのコストを押し付けるのかという批判はありますが、そんなのは多かれ少なかれみんな押し付けてますし、私はそのコストが最小限になるよう努力しています(「そう見えない」と言われても「あ、そうなんですね」で終わりです)。

冗談ばかり言う人はめんどくさい

冗談、それも特に皮肉を好んで言う人の心理はこんな感じです。どうでしょう。かなりめんどくさいと思いませんか?自己正当化に終始しているようで…。

その予想は当たっていますので、周りにいる「冗談好き」を見かけたら「冗談を言うな」とは言わないようにしてみましょう!意外にも論理で返されるか、あるいは「そんなの恐れてたら何も言えなくなるじゃん」と言われるだけです(強いですね)。

人好きだし、自分自身が冗談の重大さを理解しているため、必要最低限「傷つきました」と言えば深入りしてこなくなるでしょう。ある意味潔いともいえます。

冗談好きとうまく付き合っていくには、その冗句(ジョーク)の支離滅裂さを楽しんでみることです!

お後がよろし…え、いない?お後、帰っちゃった?

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