「就活はくだらない嘘つき大会だ」と感じる人にこそ読んでほしい、朝井リョウ『何者』(あらすじ・感想)

文学
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就活についての群像劇、朝井リョウ「何者」

みなさん、就活、してますか!!!

してる人もしてない人も、ぜひぜひ朝井リョウ氏の「何者」を読んでほしい、という記事です。

読みたくないのであらすじだけ知れればよいという方向けに、あらすじも書いています。本当はちゃんと読んでほしいんですけど、時間がない人もいると思うので。

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朝井リョウ「何者」のあらすじ

朝井リョウ「何者」の人物相関図

主人公は二宮拓人(にのみや たくと)という大学生です。

彼は来たる就活にあまり身が入らないまま、同居人である大学生(同学年)の神谷光太郎(かみや こうたろう)と暮らしていました。

あ、この先登場人物が何人か出てきますが、図にするのでそちらを見てください。

物語は光太郎の引退ライブ(バンドをしていました)から始まります。そしてそこで田名部瑞月(たなべ みつき)という、光太郎に思いを寄せ続けていた女性(大学生)と出会います。

実は拓人は彼女に恋心を寄せていたのですが、それを告白することができずにいました。

瑞月はとある事情があって留学から帰ってきており、そのライブに参加していました。

その後、瑞月から借りたハンカチを返そうと電話をすると、ちょうど「拓人・光太郎のマンションの部屋の一つ上に遊びに来てるの、偶然だから遊びに来ない?」と誘われ、二人は階段を上がります。

瑞月は友人である小早川理香(こばやかわ りか)の部屋でエントリーシート(ES)の対策をしていました。理香は数週間前から、恋人である宮本隆良(みやもと たかよし)と同棲しています。

このほか、拓人とともに演劇をしていた元・友人、銀次(ぎんじ)も登場します。拓人と銀次はかつて演劇をともに作っていたのですが、方向性の違いで解散します。

銀次は「自分の劇団を立ち上げる!」と宣言し、大学を辞めてしまったのです。

それも含めて図にすると以下のようになります。

朝井リョウ「何者」登場人物の性格

物語は基本的に、銀次を除く5人によって構成されます。一文でまとめると「みんなそれぞれ、就活に励んでいる」のですが、そこには個性が表れています。

まず主人公の拓人は、何をするにも一度、傍観者としてのフィルターをかけてしまう冷静沈着な人物。

例えば彼の性格を物語る興味深い記述に、彼が発した「就活はダウトと同じ」があります。

「就活って、トランプでいうダウトみたいなもんなんじゃねえの。一を百だって言う分には、バレなきゃオッケー。ダウトのとき、1をキングだって言うみたいにな。でも、裏返されてそれが1だってバレれば終わりだし、カードがなければ戦いに参加することもできない。つまり、面接でもゼロを百だって話すのはダメ。それはバレる」

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就活を一度でもやったことがある方なら、顎が外れるほど首肯できる場面ではないでしょうか。就活についてこのような冷めた目線を向けているのが、主人公の拓人なのです。

光太郎はふざけた性格の背後に、熱くひたむきな思いを秘めています。

彼はなんやかんや言って中堅規模の出版社「総文書院」に就職が決まるのですが、本来は大手の「帝国出版」を志望していました。

そこまでして出版社に入りたかったのは、彼が一方的に思いを寄せ続ける同級生(「忘れられない子」)がおり、彼女が翻訳家を目指している、と昔知ったからでした。

その人はツイッターもフェイスブックもしておらず、高校卒業と同時に交換留学に行ってしまい、もう連絡も取れません。

しかし光太郎は、会えるかどうかもわからない彼女のために出版社に入り、そこでもう一度会うことを願っています。

「何者」を読むと光太郎のいい加減さ、おふざけの足りた性格を(拓人の目線から)少し辟易しながら目にするのですが、物語の後半でこのような真相が明かされます。

瑞月はまさにお手本のうな就活生です。

コロラド州に留学に行き、TOEICで高い点数を取り、国際ボランティアに携わり…と、ちょっとこう就活で低空飛行を続けていた私からすると「うっ」と来るレベルで意識の高い学生です。

彼女が本名でやっているツイッターのアカウントの自己紹介欄には以下のようにあります。

海外インターン/バックパッカー/国際教育ボランティア/世界の子どもたちの教室プロジェクト参加/【美☆レディ大学】企画運営/御山祭実行委員広報班班長/建築/デザイン/現代美術/写真/カフェ

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最近はSNS炎上対策のため、企業側も学生の本名を検索することがあります。そういった時のためのアピールも兼ねているのでしょう。

就活していて、あなたもこういった「能力も意識もべらぼうに高い」学生を目にしたのではないでしょうか。逆立ちしても敵わないようなスペックを持った人が。

ところが瑞月は、実はある理由で留学を1か月ぶん早く切り上げて日本に帰ってきていました。彼女の母親が精神的に不安定になったからでした。

瑞月の父親が母親に内緒で(おそらく同じ会社の)女性と食事をしていたのです。田舎のためこの噂はすぐに広まり、すぐに陰口を叩かれ始めました。

母親はヒステリックになって家を飛び出しました。

もう一緒に暮らせない、瑞月と一緒に暮らす…と電話口で泣き叫ぶ母親を見て、瑞月は国際的に働く夢を諦め、通信大手会社である大日通信のエリア職(転勤のない、同じ場所で働ける職種)に入りました。

理香は一癖も二癖もある、まるで背後にナイフを隠しているような人格の大学生です。

確かに意識も能力も高いのですが、なぜかGD(グループディスカッション)で落選し続けています。

その理由を、偶然にも彼女と同じ企業を受けた拓人は知ります。その様子をこう述べています。

真っ先に手を挙げた理香さんのスーツの黒と、快活に話しだしたくちびるから覗く歯の白。理香さんのグループディスカッションは、政治家の演説に似ていた。

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グループディスカッションのあいだ、小早川理香という人間そのものの意見は、一つも出てこなかった。留学をした小早川理香、インターンをした小早川理香、広報班長を、海外ボランティアをした小早川理香。見えない名刺を配っているような話し方に、グループのメンバー全員が、うんざりした表情をしていた。

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いるいる、こういう人いますよね。常に何か「○○としての自分」という隠れ蓑がないと何も言えない人。

特に就活なんて「チキチキ!きき『肩書き』王者選手権!」になりがちなので、肩書きを前に押し出していくのは決して悪いことではありません。ところがそれも度を越せばもはや煩いだけの人間です。

それを的確に見抜かれ、彼女はGDで落ち続けています。

また、友人だったはずの瑞月が大日通信に合格したときも、口では彼女を祝福しつつ「エリア職って総合職とは明確に違うんだね」と、内定が決まった瑞月のことを蔑んでいるようでした。

「プライドが高い」といったところでしょうか。

そして隆良もまた癖のある人物です。彼は哲学の本を愛し「思想を渡り歩く」という書籍を読みふけっています(その実は買って満足するタイプのようで、拓人は彼を評価していません)。

こんな性格なので就活とは相性が悪い…ように見えて、実は彼もきちんと就活をしていました。スーツを着ないとか就活には興味がないと言いながらも、一時間の余裕をもって会場に来るほどです。

ヘドが出そうな就活に嫌気が差しながらも、やることはきっちりやるタイプ。

そして隆良は「備忘録。」という名前の裏垢(裏アカウント=リアル人格とは離れた、本音を言うためのアカウント)を持っており、そこで好き勝手就活について書き散らしていました。

備忘録。@BIBOUROKU 32日前 広告会社A一次面接。面接って、本当に馬鹿馬鹿しい。大声を出して走り出したくなる。その場にいる全員で協力して、面接という空間を演出しているという感覚。どうしても自分は、自分のいる環境を俯瞰してしまう癖があるから、冷静になってしまう。それがよくないのかもしれない。

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ガラスの板を挟んでしまうために、就活というバカバカしい儀式に本気になれずにいる…しかしその実面倒と思いながらもちゃっかりこなす。それが隆良の性格です。

さて、このように登場人物のことを語ったわけですが、この作品が本当に面白い(というか、怖い)のは後半部、衝撃で怒涛のクライマックスです。ここを読まないで「何者」は語れません。

この先は深刻なネタバレになるので、読みたい人だけが読んでください。

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朝井リョウ「何者」ネタバレ

いいですか、ネタバレですよ!!

(以下、ネタバレ注意!)

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(以下、ネタバレ注意!)

(以下、ネタバレ注意!)

後半部、拓人は理香とちょっとした言い争いになります。きっかけは拓人がスマホを理香に貸したこと、そして拓人が借りた理香のパソコンで、検索予測を見てしまったことでした。

まず拓人は、光太郎が内定を得た企業である「総文書院」についての評判を、以前にスマホで検索していました。「総文書院 2ちゃん 評判」。

2ちゃんねるは匿名総合掲示板で、就活関係のスレッドも多いのです。当然そこに書かれている情報の信頼度なんてクソなんですけど、おそらく関係者の本音も多いです。

その時は光太郎に画面を覗き見られそうになってすぐさまウィンドウを消したのですが、それを忘れたまま理香に貸してしまいました。

「ねえ」背後から、理香さんの声がした。「拓人くん、ネットの検索画面開いたまま、スリープボタン押しちゃったんだね」俺がいま見ている画面を見透かしているような声だ。「総文書院って、光太郎くんが行く会社じゃなかったっけ?」俺は、タクシーの中で思わずブラックアウトさせた携帯の画面を思い出す。

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一方で拓人も、理香の秘密を知ってしまいました。彼女が自分のパソコンで以前「大日通信 エリア職 ブラック」と検索しており、その予測が見えてしまったのです。

大日通信は、彼女の友人であるはずの瑞月の内定先でした。

一番見たくなかったものと、一番見られたくなかったものが合わせ鏡のように向き合って、終わりのない暗い何かが全身を包みこむ。

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ここから理香は、主人公の拓人に対して怒涛の本音をぶつけます。この勢いの良さといったら、もうこれは実際に読んでほしいとしか言いようがありません。

今まで拓人に感情移入して物語に入っていた我々をも鋭く、そしてきつく責め立てる内容です。

拓人は実は、登場人物の一部がしてきたように自らも「裏垢」をつくって、そこで知人である就活生たちを手ひどく非難していました。

そのアカウントの名前は『何者』

何者@NANIMONO 161日前 同居人のサークル引退ライブ。ライブハウスくらいの小さなハコになると余計にステージに立っている人たちを遠く感じてしまう。3人揃って単位が足りずに留年したバンド。サークルの人たちに愛されているのは伝わるけど内輪な空気の中で酔っているような印象。演奏はうまいと思うからこそもったいない。

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これは同居人である光太郎への批判ですね。「内輪な空気の中で酔っている」なんて、同居人に対してよく言えたものです。自分もライブに行っておきながら。

何者@NANIMONO 159日前 就活はトランプでいうダウトみたいなもの。留学、海外インターン、TOEIC、学祭実行委員、いくら強いカードをたくさん持っていたって、面接で差し出すカードは裏返し。いくらだって嘘はつける。留学組のあのふたりはそういう方法を知らないまま、貧乏くじを引いてしまいそうな気がする。

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これは瑞月と理香に対する批判。

そして「トランプはダウトのようなもの」という拓人自身の価値観。彼女たちも自分として精いっぱいできることをやっているだけなのに、それを「いくらでも嘘はつける」なんて、お前(拓人)こそ何者なんだ??

何者@NANIMONO 115日前 何度見ても、あのふたりのツイッターの自己紹介文は痛すぎる。スラッシュで区切りまくったり、とにかく肩書きを並べたあとに、よくわからない格言。【人と出会い、言葉を交わすことが糧になる】って、そんなに少ないフォロワー数の人に堂々と言われてもな、という感じ。

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これも瑞月と理香への批判。自分という武器をもって必死になっている二人に対して、常にそれを冷ややかに見て(上から論評することでしか)自分を保てない、惨めな拓人という対比。フォロワー数だけが全てではないのに。

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朝井リョウ「何者」は何が面白いのか

この物語が秀逸なのは、以下の二つの要因のためです。

  • 「傍観者」としての主人公を読者と重ね合わせ、読者へ批判を投げかけている
  • 馬鹿らしいと揶揄される就活に参与することの大事さを「傍観者」である主人公が一番わかっていない

「拓人くんはさ、自分のこと、観察者だと思ってるんだよ。そうしてればいつか、今の自分じゃない何かになれるって思ってんでしょ?」

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ここで我々読者はとんでもない思い違いに気が付きます。

この小説は、就活を批判するためのものではなかったのだ、と。

そもそも(一人称の)小説とは、主人公の目線からその世界を観測することを通じて入り込んでいく娯楽です。

この姿勢は小説が小説である限り絶対にかかせませんし、映画などの映像系の娯楽とは明確にこの点で異なっています。

誰かナレーターがいるような形でない限り、つまり我々が小説について求める条件を求め続ける限り、読者は「拓人」という冷静な人格からしか情報を得られません。

この構造を『何者』は逆手にとっています。

まず読者は、就活について冷淡な目を続ける「拓人」の人格に共感しながら世界に入り込んでいきます。

なぜなら就活は日本では「いくら叩いても絶対に炎上しない」安全コンテンツである、というぐらいには全員が「ばかばかしい」と思っているからです。

そうでしょう?この記事がヒットして読みに来た「あなた」だって。

しかし本来、就活を馬鹿にすることと就活生を馬鹿にすることは分けて考えなくてはなりません。いかに就活が下らない儀式であっても、それに参与する学生たちは必死だからです。

拓人以外の全員は、みな「自分の人生を生きて」います。自分を武器にして、点数をつけられることを恐れないようにして。

ところが拓人は「傍観者」つまり我々、小説の読者と同じ目線でしかものを見ておらず、自分自身が(傍観者である前に)就活生であるという意識を持ちません。

だから平気で、光太郎、瑞月、理香、隆良などを見下せるのです。拓人だって就活が決まらずに留年してますし、軽蔑できる理由なんて一つもないはずなんですが(この事実も終盤で明かされます)。

そしてこれは我々読者にとっても同じで「あーいるいる、こういう意識高くてイタい人、いるよね~~」と拓人側に共感します。

そのまま物語が続くのかと思っていたのに、

理香から「そうやって拓人は裏垢まで作って『傍観者』という何者かになろうとしているけど、自分は自分にしかなれない」なんて強烈な一言を浴びせられて、読者までも「ぎゃふん」となるのです。

小説そのものの構造を叙述トリックに組み込んだこの(メタい)仕組みは、あっぱれというほかありません。

小説の中で一番就活、そして自らの人生に参与していなかったのは、隆良でも銀次(このあらすじでは語っていませんが)でもなく、主人公である拓人でした。

評論家ぶった言い回しをするなら「小説という構造と一大産業である就活を利用し、創作の立場から我々読者を逆批判している」でしょうか。

この本を「ばかばかしい就活についての小説」だと思って読むと痛い目を見ます(私もそうでした)。むしろ「ばかばかしい就活に参与せず、何者かになろうと必死に傍観している人についての小説」なのです。

というわけで、興味が湧いた方はぜひとも読んでみてください!

特に人事部の方におすすめかも。

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