倫理観の大いなる欠如と、メンタリストDaiGoのような「信者」商売の親密な関係

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DaiGo氏の発言は、倫理的にどう間違っているか

この記事は、前回の記事「メンタリストDaiGo氏の優生思想的発言は、何がまずかったのか」の続きです。そちらを読むとより理解が深まります。

DaiGo氏が「生活保護の人はいらない、殺してよくない?」と発言したことについて、私が論理的なミスを指摘しました。

今回は倫理的なミスを指摘しておきます。

好き嫌いで判断する社会は自分を棚に上げられない

DaiGo氏のような政治家がいて、その人が自分の嫌っている人を処刑していく場合(デスノートの世界がわかりやすい)自分がそこに含まれていても、反論できません。

つまり、黙って殺されなくてはならなくなります。

これは人間を「何をしたか」ではなく「何であるか」によって判断する価値観のなれの果てですね。ユダヤ人だから殺す、気に食わないから殺す、って感じの。

またこの価値観は、彼が大事にしたい、癒されると述べている猫にも成り立ってしまいます。

めちゃくちゃ猫が嫌いで虐待したくてたまらない人が動画を見て「なるほど!自分にとって軽い命は消していいとDaiGoも言ってるから、猫を殺そう!」と実行に移しても、それに反論できません。

自分や自分の大事な存在が理不尽に命を奪われても何も思わない人だけが、誰かの好き嫌いで誰かの命を奪ってよい社会に住んでいいのです。

DaiGo氏は弟さんが誰かによって「あいつは役に立ってないから」という理由で殺されても平気なんでしょうかね。

本当によくできた弟さんだなって思いますけど。

自分の好きなものが、誰かにとって嫌いなものであるという可能性さえ考えられない人が「メンタリスト」を名乗り、他人の信用をお金に換えて商売をしている。7桁のYouTubeチャンネルを持っている。

多くの宗教、例えばイスラーム教で「喜捨」のように、経済的に豊かな側がそうでない側に恵みをするという慣習は、彼の思想とは真逆です。

喜捨のような行いをよしとする価値観がないと社会や共同体が崩壊することを、長い歴史で人々は学んできたのでしょう。心理ハックの前に歴史を学んでくれ~。

納税額は関係ない

今回じゃホームレスとか、生活保護の人たちが、大事だと、けしからんと、DaiGoはどうしようもないというふうに言ってるんだったら、すればいいじゃん?(中略)

こんな炎上に参加してる人たちに聞きますけど、じゃ、ホームレスとか生活保護の人たちに、寄付しました? たくさん税金払いました? その人たちに炊き出しとか定期的にやったりとかしてるんですか?

これもDaiGo氏の発言です(炎上した後の配信にて)。

また彼は「差別発言をしたかもしれないけど、僕は彼らを助けるためのお金(税金)をめちゃくちゃ出してます」という旨のことを言っています。

「たくさん税金を払ったかどうか」は関係ありません。税金を払えばどんな差別発言でも認められるなら、彼よりも税金を払う本当の資産家が彼や彼の家族を差別してよいのか、という話になります。

また、税金を払っていないホームレスが反論する権利もなくなります。

セーフティーネットは「誰でもそれを享受できる」からこそセーフティーネットになり得ます。納税額が多いからとか顔がいいからという理由で決まるなら、それはまったくネットになり得ないでしょう。

彼自身が極度に貧しくなったり、億単位の薬が必要な難病になったりする可能性もゼロではありません。未来は誰にも予想できません。

この「将来のことは誰もわからない」という考えの上で社会保障制度は成り立っています。

セーフティーネットがあるから我々は何度だって立ち上がれる、安心して働ける。一度失職してお金を失えば生活できなくなる世の中で、誰が会社を立ち上げたいと望むでしょうか?

納税額ですべてが決まるような社会がいったいどんな末路をたどるのか、我々は中学の歴史の授業でさんざん学んだはずなのに。たくさん読んだ本の中に日本史の本は一冊もなかったんですかね。

彼は弁解の動画で「文句言ってる人たちよりも納税してる、ホームレスや生活保護の人を助けている、言われる筋合いはない」と言っていますが、以前の動画では「生活保護の人を救うためにお金出したくはない」とも言っています。

我々が批判するのは「生活保護の人を救うためにお金は出したくない」という価値観のほうであって、お金を出していないことではありません。

結果的に彼の税金が彼らを救うことになったとしても、彼の発言は罷免されません。彼が一般人だとしても、やはりこの発言は批判されるでしょう。

彼はどうやら生活保護者のことを「フリーライダー」とみなす節があるようで、その背景には彼がいじめられ、そこから自力で抜け出した過去があると思われます。

バリバリに努力できて才能があって運に恵まれた人が、そのすべてを自分の能力による成功と思い込んで高慢ちきになるところはよく見ますけど、まさにそのお手本みたいな例ですね。

彼も一歩間違えればいじめ経験をこじらせて生活保護やホームレスになっていたかもしれないのに、その可能性には想像が及ばないんでしょう。

顧客である一般人をも敵に回す発言

彼自身は(ファンからお金を集めるビジネスで)たくさんお金を稼いだんでしょうけど、彼のそのお金は一般人から来ていることを意識していないようです。

当然、彼の本を買ったりサロンに入っている人の中に生活保護受給者もいたでしょう(YouTubeのコメント欄にはいました)。そうでなくても、生活保護受給者の子どもが彼のファンという可能性もあります。

自分がどうやってお金を稼いでいるか自覚していれば、そのお金の出どころである一般人のためのセーフティーネットの意義も理解できそうなものなのに。

自分がファンからどう思われてるかには関心がないんでしょうね。

ただの差別発言を「辛口」と言い切る傲慢さとメタ認知の欠如

彼は人の心を読みますと言い切るくせに、彼の発言にから判断するに、人間としてもっとも大事な部分が欠落しています。知性では品性は補えないことを示しています。

以前から私は彼を「人の心をシステマチックに読むのは大得意なのに、人間社会の原理とか、生きる上で大事な素朴な感情がわかってないのかもなあ」と思っていましたが、その通りでした。

自分の発言が辛辣であると意識するアタマはあるのに、それがド直球な差別発言であるとメタ認知できていないのがむしろ怖い。

これならむしろ、ふとした瞬間にぽろっと出てくるぐらいの差別発言のほうがまだマシかも(差別にマシも何もないですけど)。

なんかツイッターとかで「たまに毒吐きます」「言いたいこと言います」って書いてるアカウントがずっと差別発言してるの見ますけど、あれと同じレベルですね。予防線を張っておけばどんな発言でも許容されると思い込んでる人。

「信者」ビジネスと倫理観の欠如

倫理がない人はすべてをお金に換えてしまえる

彼に限らず、いわゆる「ファンからお金をいただくビジネス」をやっている人を見かけます。

ひろゆき氏は結果的にそっちになってますし、元芸人がそっち方面に走り出すのも見ます。

そこに参加している人の中には「知識を得るため」「DaiGoの価値観には興味がない」という人もいるでしょうけど、それだけではありません。

彼自身の価値観に心酔し、彼を崇拝し、神のように崇めている人もいます。比喩ですが、こうした人たちは「信者」と呼ばれ、まるで宗教のようにトップの言うことを聞きます。

こちらの動画の配信のコメント欄にはそういう人がいます。

「辛口というエンタメを楽しめない面倒な人たち」「ダイゴさんはやさしい人」「批判してる奴アニメアイコンでキモい」などなど、倫理観を彼に売りさばいて、お金で頬を扇いでるような人です。

こんな残念な発言をする親玉を見ても、自己の一貫性を保つために信じ続けなきゃいけないって、難儀だなあ気の毒だなあと思わずにいられませんでした。

こうしたビジネスは非常に「強い」です。もちろん、完全に信用を失うまでのごく短い期間ではありますけど、炎上パワーをお金に換えてしまえるのが強いんです。

今回だって、低評価はいっぱいついて叩かれますけど、時間がたてばまた同じことして稼げますし、その時にはもう熱烈で何言っても信じてくるような人しか残ってないので、彼らからもむしり取れます。

私が危惧しているのはそこで、ネットって「あまりに極端なことを言うと、マイルドな思想の人が100人いなくなるけど、過激な思想の人が1人味方について、そっちのほうが見た目的には人気に見える」という構造があるみたいなんです。

なぜならマイルドな人は表立って意見を表明しないし、賛成とも反対も言わないから。

過激な意見を持ってる人(「信者」と呼ばれる人)は、自分の意見が正しいことを信じたくてネットにやかましく書き込みますから、そういう人がファンになると心強いんですよ。お金も払ってくれるし。

DaiGo氏のモデレーターも、配信中に彼にたてつく人(誹謗中傷だけでなく、失望したという旨の発言をした元・ファンを含む)を積極的にBANしていました。中国共産党批判をBANする五毛党に似てるなと思いました。

倫理観が欠如したことを言えば、最初はネットの多くから叩かれて再生回数によってお金を稼げて、その後は少数精鋭のファンからむしり取れるという構造なんです。

批判がない組織に未来はありません。彼らはますます主の言うことを信じるようになり、先鋭化していきます。

そのころにはもう、自分が払ったお金やかけた時間を無駄にしたくないあまり、いかに間違ったことを主が言ってても信じるしかなくなります。怖いねぇ。

DaiGo氏やオリラジ中田氏、キンコン西野氏やその信者の前にしてみれば「再生回数、納税額、年収、いいね数が少ないお前が何を言っても説得力がない」というように、すべての言論はデジタルに数値化され、その大小によってのみ良し悪しを評価されます。

それらの数が多い人、「教祖」の思想(宗教ではなく、たとえです)こそが完璧であって、有象無象が何を反論してもそれは間違っている、なぜなら数がより少ないからだ、という、資本主義的で恐ろしい思想の沼にはまってしまいます。

「金を稼いでから反論してみろ」というDaiGo氏の発言は、まさにその思想を物語っています。

数が多かろうが間違ったものは間違っていて、少なかろうが正しいものは正しい、という、人間としてごく自然な発想をも忘れるのです。

そしてそこには自分の思想が入り込む隙間がありません。「教祖」が言うことが正しい、「教祖」は数が多い、数が多いものに従うべきだという、盲亀や風見鶏的なものなんです。

だからファンビジネスは死ぬほどおいしいのです。

ファンビジネスは劇毒でもある

私が今回少なからず救いを覚えたのは、外部からではなく内部からも「さすがにその発言には失望しました」というコメントがあったことでした。

リベラル派はどうしても悲観的で、いわゆる「世間」というものを過小評価する悪癖があります。しかし世間はどうやら彼の発言を看過しない方向を取るようです。

すでに毎日新聞やYahooニュースに彼の発言が取り上げられたのを見ると、無傷というわけにはいかないでしょう。実際にコメント欄でいくつか「これまで尊敬してきたけど、これを機に冷めてしまった」「こんなこと言う人とは思わなかった」というものが散見されました。

思った以上に「普通の人」というのはあたたかくて人間の素朴な感情を忘れずに生きてくれていて、それはちょうど私たちの周りの知人像と一致するのかもしれません。

もちろん逆に「同意する、ホームレスの存在意義がわからない、殺せばいいのに」という植松聖容疑者みたいな思想の人もいましたけど、それはさすがに少数派でした。

彼の動画のコメント欄には精鋭の「過激な」人たちだけが残り、マイルドな人間は淘汰されていくことと思います。

正義というのは短期で見ればにべもなく敗れ去ってしまいます。

しかし、長い目で見れば不誠実な正義や資本主義的で冷血な思想は人々にその正体を見破られ、必ず最後には温かい価値観が勝利します。

独裁を避けて人間が民主主義を取るようになっていったのも、それを表す一例ではないでしょうか。

ファンビジネスと追従的な思想、倫理観の欠如が、その数を減らしていくことを願いたいものですね。

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