女性なら許されるのに男性だと許されないコンテンツはあるし、それは不公平だと思う

社会学
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許されるコンテンツの性差

さて、「男女不平等」とはいいますが、ことネットにおいては「男性が女性を性的消費するのは許されないのに、女性が男性を性的消費するのは許される」という感があります。

現実に存在する「年上のイケメン上司から強引に迫られる」大量の女性向けコンテンツはなんなの!?!?

割と昔からある定番設定だと思うんだけど

根強い需要があるから定番になるんだし、私にはこれらの作品がオッサンの妄想を慰めるための作品にはどうしても見えないんだけど

https://anond.hatelabo.jp/20200807081338

っていうか私自身職場の40代の上司に迫られたら「は?死ね」ってなるけど、上司の見た目が玉山鉄二だったら正直ときめいちゃうと思うし、食事なんかに誘われたらウキウキでついてくと思う

多少のセクハラもうっかり許しちゃう、というかセクハラと思わなくなりそう

https://anond.hatelabo.jp/20200807081338

さすがにそこまで極端なのもどうかと思いますが、容姿によって許す、許さないは実際にあるし、男女逆ならめちゃくちゃ叩かれてるだろうな、とも。

フィクションはフィクションだから楽しめる

https://b.hatena.ne.jp/entry/4689612449868256962/comment/zentarou

現実にはほぼほぼ無いことと現実を比較されても。

https://b.hatena.ne.jp/entry/4689612449868256962/comment/hilda_i

がっくりですね、人気コメントがこれって。

さんざん社会で「こういう創作物が出てくるのは、男性が女性を支配したいという願望があるからだ」とかぶっ叩かれてるのに、これは問題ないとでも?

「現実にほぼほぼなかろうが荒唐無稽フィクションだろうが、男が女を支配するコンテンツは社会に影響を及ぼすから駄目」という理屈で色んなものが規制されてるのに?

例えば男性向けの女性水着写真などが「男性の加害性を象徴してる」なんて言論は見ますし、それが正しいとされて色んなものが血祭りにされてるのは見てきました。

中には良識をもって出版しており、タイトルに「18禁」と書いてる同人誌にまでケチをつけだす人もいました。一方、6人兄弟の○番目と○番目が性行為に及ぶみたいな(男女逆なら明らかに炎上してただろう)同人誌が無罪放免なのは、感情の上ではわかりますが筋は通りません

何が言いたいのかわからん。妄想のご都合主義を無理やり自己正当化しようとして破綻してる。

https://b.hatena.ne.jp/entry/4689612449868256962/comment/misarine3

自己正当化というか「なんでアレは駄目でこっちはいいの?」って問題提起なんですよね、元記事って。

結局「男女差」はそういうとこに生まれてます

そして、それを改善しようとしないばかりか、そもそも認めようともしない。

「表現の自由」側が求める最低限のラインもわきまえないので、そりゃ支持を得ないはずですわ。そんな一方的な感情で規制なんかされた日にはたまったもんじゃないですし。

ルッキズムを認めよう、そこから始まる

まず「めちゃくちゃイケメンな人から迫られる」ことを「嬉しい…!」と感じる人の割合は、そうでもない…端的にいえば「非モテで気持ち悪いおっさんに迫られる」ことをそう感じる人よりも明らかに多いでしょう。

これは男女を逆にしても成り立つかと思います。この「外見によって扱いが変わる」ことを示唆するデータはたくさん集まってきています(コメントいただければ提示します)。

必死に「そんなものはない!」と言ってのけるのは自由ですが、外見で扱いを変えるなんて人間心理としてあまりに自然なので、むしろ否定するほうがヘンです。

そういった感じの外見差別を「ルッキズム」と言います。

誰にでもルッキズムの経験があると認めることから始めましょうよ。そこを認めなければ話は進みませんよ。

やっちゃ駄目なのにやってしまっている、それが人間の正直なところです。「嘘をついたことがない」「約束を破ったことがない」レベルであり得ないことです。

女性から男性への加害が蔑ろにされる

また、女性から男性に対する性加害もあまりに蔑ろにされがちだと思います。

男性教諭が女児にわいせつ行為をした場合の反応は「最悪」「教師辞めろ」なのに、女性教諭が男児にやったときは「うらやまけしからん」「薄い本が捗る」などの反応が多いです。

ツイッターで調べてみるとたくさんヒットしますよ。

公平を期して書いておくと、さすがにこのニュースでは「はてなブックマーク」というリベラルの牙城では「羨ましい」的なコメントはぶっ叩かれていました。当たり前です。

「こっちはいいけどこっちは駄目」みたいなケースがあるとき、それを自覚してほしいですね。

今回の例でいえば「女性に暴力を振るう男性の創作物は、男性の加害性から生まれる」みたいな与太話が信じられてるのに「イケメンからの壁ドンは女性の被害性(?)から生まれる」が唱えられてないのおかしくない?っていう話です。

こんな矛盾がなぜ起こるかならわかります。

何かを罰するかどうかは、結局お気持ち案件なんでしょう。

表現を規制するかどうかもお気持ち案件である

イケメン壁ドンが許されててオッサン壁ドンが駄目な理由も、男性向け雑誌だけにあれだけ批判が集まるのも、全部「お気持ち」なんです。

つまり「自分が不快だから叩いているのであって、それ以上の意味はない」

でも私はその「お気持ち」を頑張って理解しようとします。だって「自分が不快なものは批判するけどそうでないものは放っておく」って、それはそれで自然な考え方じゃないですか。

いちいち全てのことを自省できるリソースのある人間がそう多いとは思いませんよ。

「またフェミはお気持ちかよ!!」って否定する人もいますが、そもそもすべての人間は感情から逃れられない

「自分が不快だと思うものは規制されてほしい」し「なんとも思わないものはどうでもいい」。結局、それだけなんです。

例えばBLの当事者である私さえ、BLを「差別?ふーんそうなんだね(適当)」とか思ってます。不快感とか気持ち悪さは何より先行するし、それは論理でどうこうなることでもないと思います。

これはひとつの残酷な真理だと思っていて、人間は論理でものを考えてるわけじゃないので、自分が感じたことに敏感になるし、感じないことに鈍感になれる。

一方、そのままであっていい、とも思いません。

特に普段から「反差別」とか「女性の権利」を主張する方々に関しては、他人を批判するその精神を自己にも強烈に向けてほしいものです。

不快感という「お気持ち」には全力で共感しますけど、やっぱり他人を棒でたたくのなら、最低限の自省はしようよ、って話ですよ。

「なんで女性が男性を性的消費するコンテンツは許されてるのかな?」ぐらいのことは思っててほしいのです。そこに思いをはせない限り、和解はあり得ないでしょう。

何かしらの構造の非対称性に少しでも気を配ってほしい。

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