「LGBTは種の保存に背く、道徳的に認められない」についてLGBT当事者が思うこと

倫理学
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LGBTは生物学的に種の保存に背く、らしい

「LGBTは生物学的に…」の間違い

「いろんな副作用も」LGBT理解増進法案 自民部会で紛糾 了承見送り
 自民党は20日、LGBTなど性的少数者に対する理解増進に向けた法案の審査を行いましたが、慎重な意見も相次ぎ、了承は見送られました。 「日本がちゃんと多様性を認める、そして寛容な社会を作っていく」(性的指向・性自認に関する特命委員会 稲田朋美委員長)  自民党は20日、LGBTなどに対する理解増進に向け、超党派の議員連...

自民党は20日、LGBTなど性的少数者に対する理解増進に向けた法案の審査を行いましたが、慎重な意見も相次ぎ、了承は見送られました

https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4272640.html

「法を盾に裁判が乱発する」との意見が相次いだほか、「道徳的にLGBTは認められない」「人間は生物学上、種の保存をしなければならず、LGBTはそれに背くもの」などの声も上がり、法案に反対する議員が大勢を占めた

https://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye4272640.html

正直、当事者として怒ろうと思えばいくらでも怒れるのですが(というか記事後半で怒りますが)、それでは理解は得られないと思うので、ここでは以上のような論がどのように間違っているかだけを述べます。

生物は種の保存のために生きているわけではない

まず一つ目に、生物は種の保存のために生きているわけではありません。

いやいや何を言ってるんだ、生物はこれまで遺伝子を繁殖という方法で残してきたわけだろう?と考えるのは、理性を持つ人間ゆえの勘違いです。

結果的に生物が種の保存をしてきたことは認めます。しかし生物が「おれも種を保存しなくてはならない」と考えてきたわけではない

人間も生物であり、遺伝子を残してきたのは事実です。しかしその中に「種の保存のために」という大仰な目的を持ってきた人がいったい何%いたのか。

違いますよね。子どもとは、両親が愛し合った結果、あるいは表層的には性行為(やそれに準ずる行為)をした結果生まれるものであって、種の保存をしようと思って生まれるものではありません。

義務感によって性行為までを終わらせ、出産するような人がいたら怖くないですか?

文脈がわからないので何とも言えませんが「人間は種の保存をしなくてはならない」という部分だけを読めば、明らかに間違っています。しなくてはならないのではなく、結果的にしてきただけです。

異性愛の人達がそんな奥深く考えて子どもをつくるわけではないように、同性愛者や異性愛者やアセクシャル(他者へのあらゆる性的関心がない人)もそこまで考えていません。

結果的にそういう体になっただけです。「種の保存をしたくないから同性愛になろう」って思う人、いないです。だから彼らを叩くのはお門違いです。

生物学は種の保存を強要する学問ではない

そして二つ目に、生物学は別に、種の保存を目的とした学問ではありません

広い意味での生命現象を観察する学問であって、決して国際学会のスローガンに「種の保存をしよう!」なんて書いてるわけでも、学者どうしの性行為を奨励して避妊具が配られたりもしません。

当たり前すぎる。

「人間は種の保存を目的として性行為に励まなくてはならない」って言ってる生物学者、見たことないです。というかむしろ、昆虫や動物間での同性愛さえも研究テーマになっています。

ショウジョウバエの研究によれば「ゲイ遺伝子」なる、同性愛を引き起こす遺伝子があることが明らかになっています。

もし本当に種の保存が目的で、生物学がそれを奨励しなければならないのなら、こういった研究が世に出ることはないでしょう。

むしろ「どうすれば男と女を産み分けできるか」などの研究ばかりが出ているはずです。

LGBTだけでなく独身や不妊治療者全員を孤立させかねない

また「人間は種の保存をしなくてはならない」のであれば、種の保存ができない人間全員が認められなくなります。んなわけあるかよ。

例えば独身や不妊治療者も例外ではありません。

種の保存の義務という大きすぎる、そして人権意識を無視した価値観の前では、生殖能力を持たないことと持っているのにあえて生殖しないことは同一視されます。

LGBTの人々に対して「お前たちは種の保存ができないから駄目だ」と主張するなら、独身の人やDINKs(あえて子どもをもうけないことにしたカップル)や不妊治療中の人にまで「お前たちは…」と主張しなければつじつまが合わなくなります。

さらにいえば、すでに閉経した人や精子が出せなくなった人も全員「道徳的に認められない」。これを発言した政治家の人はこのように、自分にブーメランがかえってくることをどう思うのでしょうか。

そんな風に地獄を押し広げることは私の本望ではありませんが、論理の上ではそうなるはずです。

まあ、それが政治家の役目だと皮肉ぶって言われれば納得してしまう自分もいるのですが…。

動物の世界でも、たとえばリーダーが「よしお前ら、全員生殖行為をしろ」と言って全員が性行為に励むなんてことはありません。結果的に種を保存できた側とできない側に分かれるだけです。

生物を例にとるなら、人間社会自体がそもそも不自然である

また、生物であることを根拠とするなら、人間社会が生物として著しく不自然であることを指摘しなければなりません。例えば年老いた個体を群全体がフォローする例はあまり見られません。

残酷にも、役に立たない個体は淘汰されていきます。

生物学上、子供が年老いた親の面倒をみるなどという行為は自然に反している。だから介護は家族に任せたりせずに社会が引き受けるべきといった方向には絶対にいかないんだよね

https://b.hatena.ne.jp/entry/4702895030413016066/comment/cham_a

そうですね。絶対にいかないです。むしろ「生物学的に自然に反しているので見捨てろ」に行くのではないでしょうか。

介護という発想は人権を生み出した人間にしか出てこない。それは人間の力不足とか敗北ではなく、人間が人間を大事にできる、ということだと私は思っています。

人間がある程度まで生物的側面を帯びていることは認めますが、「どこまでいっても生物でしかない」という思想には私は反対しています。

生物でしかないことを認めると「人間だってしょせん生物である。生物は○○だ。よって人間も○○であるべきだ」という形式の論理的なミスが支持されるからです。

そもそも、こういった誤謬(やりがちな論理的間違い)にはすでに名前があります。「自然主義的誤謬」といって、今Aであることを根拠として「Aであるべきだ」と言ってしまう類のものです。

例えば「核兵器は今になっても廃絶できていない。よって核兵器は廃絶されるべきではない」とか。

生物は人間と違って、平気で弱者を見殺しにしますし、自分の子どもを巣から追い出したりしますし、共食いを始めますし、介護をしないですし、適応できない個体から死んでいきます。

でも、だからといって人間までそうでなくてはならない理由はない。むしろ人間だけが特例的であることこそ、我々が真に我々らしいと言える理由なのではないでしょうか。

LGBTどころかほとんどを敵に回す一級品アウトの発言

以前「LGBTは生産性がない」って言いだした人が自民党にいてめちゃくちゃ叩かれてましたけど、そういう事例から何も学んでこなかったんだなあ、でもこれが『世間』なんだよなぁって当事者として思います。

彼らが無理解なんじゃなくて、世間が無理解で、そういう世間が彼らを当選させてるだけなのです。

普段からインターネットは地獄だと思ってる私ですけど、こと性的マイノリティの話になるとネットは現実の何倍も清潔で救いがあると感じてます。

「性的マイノリティは生産性がない」とか「道徳的に認められない」「気持ち悪い」などの自然な感情の吐露はネットだとすぐさま袋叩きにあいますが、現実ではぜんっぜん放置なので。

まあしかし、絶望しているわけではありません(ヘドが出るほど腹立ちますけどね)。ただ、政治家世代の「当たり前」と、私の世代の「当たり前」は違うというだけ。

価値観のアップデートなんてよく聞きますけど、数十年間生きてきた人にそれを迫るのも酷なのかもしれない。

そう言ってしまうと私がお年寄り差別をしてしまっている感じなのですが、現にあれだけ叩かれた「生産性」発言が同業の間で交わされているところを見るに、アップデートはやはり非常に難しいのでしょう。

でも、別にそれでいいんです。大事なのはこれからどうなるか、いや、どうしたいかであって、そのために当事者として、私もできる限りのことをしていくつもりです。

その一環がこのブログでの啓蒙活動。以下の記事もお読みいただければと思います!

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