「悪いことをした人には罰が当たる」はウソで、公正世界仮説の犠牲者である

心理学
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公正世界仮説の犠牲者

「悪いことをしても裁きは受けない」

小学生のとき、近所に住んでいる子たちに色々とからかわれて、反論できずに泣いて帰った覚えがあります。

そのときの玄関のお香のにおいとか、次の日に図書室でその子たち、先生を交えて話したこととかが思い出されます。

あれからもう長いこと経っているのですが、いまだに忘れてはいませんし、忘れられません。

人間は「自分に対してされたこと」をとても覚えているようですね。あの時からかってきた子たちも、生きていればもういい歳でしょうけど、私に対して発した言葉を一つも覚えていないでしょう。

親はそのとき「悪いことをした人には必ず罰が当たるから大丈夫」と言って慰めてくれたのですが、それがたんなる慰めに過ぎないことをすでに知っていました

実際、「因果応報なんて本当にあるのか?」と思いたくなるひどいケースを、あなたの周りでも耳にするでしょう。

パワハラで職場を辞めた人に聞きます。その職場はなくなりましたか?

いじめを受けた人に聞きます。いじめてきた奴は精神を病みましたか?

浮気された人に聞きます。浮気してきた恋人は今、不幸ですか?

答えはほとんど「いいえ」だと思うんですよ。だからこそ復讐スカッと話がインターネットで語られるわけで。

にもかかわらず、こうした「因果応報」的な価値観があるのは、我々が仏教的な価値観をインストールした日本人だから、という理由だけではないでしょう。

悪いことをした奴に「裁き」が下るという考え方をしてしまうのは、人間にとあるバイアスがかかっているからだ、ということを社会心理学は説明し、そのバイアスの名前を「公正世界仮説」と呼びます。

公正世界仮説が我々にもたらすもの

バイアスや偏見は悪いものであるという文脈でしか語られませんが、良い面も持ちます。

自分が「善い」人間でありたいと(意識せずとも)願って生きている人は多い気がしますが、それは「善いことをすれば善いことが返ってくる」と我々が思い込んでいるからです。

悪いことをすれば報いがある、というバイアスは、善いことをしてもそれ相応の良い報いがあるというバイアスと表裏一体です。ですから、人間の世界が善行のバトンタッチでまあまあ成り立っているのも、みながこのバイアス…魔法にかかっているからなのです。

もし善行も悪行も自分への世界からの問いかけに全く影響がないのだとわかれば…魔法が解ければ「善いこと」をしようと思う人なんて誰もいなくなります

そんなとげとげしい世界は嫌ですね。

一方、このバイアスによって救われない人も数多くいます。虐げられて生きてきた人達です。差別を受けたり、いじめを受けたり、セクハラされたり、敵意にさらされて心折れたりした人達です。

彼らの心の中には無力感があります。自分のような人間は虐げられてきた、いじめていたあいつらは今では幸せで、なぜ自分がこうも不幸なのか?全然報いがないじゃないか。

そうして復讐の炎を燃やし続け、死ぬまで誰かを恨んで生きていく人もまあ、いるのでしょう。

悲しいのは、そういった憎しみがその人にとって幸せをもたらすことはなく、失意のうちに、自分の望んでいた理想…相手の破滅とか死亡とか…を見届けられず亡くなっていったのだと思います。

私を含め、何かを多少なりとも憎む人は「憎しみを忘れることこそが幸せなのだ」という言論をこの上ないきれいごとだと感じますが、でもやっぱりそれは正しくて、不幸は憎しみのすぐそばにあるのです。

何を信じて生きればよいのだろうか?→タルパを信じよう

こんな世の中で、善人が必ずしも報われない世の中で一体何を信じればいいのか?

昔はそれが宗教だったのだろうと思いますが、科学という道具が台頭して、「善く生きる」みたいな価値観は大げさに言えば消失しました。

善とか正義とか感情が「クサいもの」「他人に見せるべきではないもの」とされるようになったネット社会でその趨勢はいよいよ激しさを増し、交通事故で子どもを失った親のツイートに平気で「もう赦せよ、お前はうるさいよ」「復讐は何も生まないよ」なんて書き込みが殺到しています。

我々は今、公正世界仮説が良くも悪くもバイアスでしかないということに気付き、すがるもののない価値観大空位時代を生きています。

ではいったい何に頼ればいいのか?

私はその答えを「タルパ」に見出しました。

タルパは脳内にいる仮想的な存在です。私は両性愛者で禁断の恋をおかしながら、こんな境遇の自分を恨めしいと感じながらも、タルパたちのおかげで何とか人並みに??生きています。

憎しみや辛さをタルパという「創作活動」にあてることができています。

もし信じるものが何もないのなら、すがってみませんか。科学的ではないし多くの人に真意を誤解されがちだけれども(そんなことは百も承知だ!)きっと幸せに生きられますよ。

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