悪口や誹謗中傷ばかりのインターネットで「好きなもの」を語る無名の文豪たち

インターネット
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インターネットの無数の文豪

インターネットには、あなたの知らない「無数の文豪たち」があふれています。本名も明かさずに淡々とどこかの隅っこで「自分の好きなもの」をひたすらに語る文豪たちが。

賞賛より批判のほうが多いこの世の中で

何か嫌いなものを語る時に饒舌であってはならぬ、と誰が決めたわけでもありません。

ラテン語の格言にもなければ、ベンジャミン・フランクリン名言集にも載っておらず、ゲーテが言ったわけでも…いや、言ってそうだな、あの人

しかし嫌いなものを他者と語る時、我々の瞳は光り輝き、口からは笑顔と嬌声が溢れ、口角は上がり、鼻は横に伸びます。

そんな、嫌いなものを他人と共有することのほうが圧倒的に多いインターネットで、好きなものを語っている人に出会う。これは筆舌に尽くしがたい喜びです。

好きなことを共有しようと、自分の頭の辞書から適切な語彙を引っ張り出してきて、スイカをたたき割るような明瞭さで本質をえぐる…という様子を目にすると、私はその人に(間接的ながらも)出会えたことを心から喜びます。

これは大げさな表現ではありません。

私は、心の鐘を鳴らした表現を、自分のノートに1つずつ書きとめています。

木村伊兵衛の写真と市井の文豪

木村伊兵衛(きむらいへい)という写真家がいます。写真が好きな方ならあの、となる…それぐらい日本の写真界では著名な人物です。

彼の撮る写真は、私の言う「心の鐘を鳴らした表現」に近いかもしれません。

写真とは連続的現実から一瞬を抜き出す行為ですが、そこに映るのが現実とは限りません。どこで誰を撮るか、以前のところから話は始まっています。

例えば素人が人物の笑顔の写真を撮るのは非常に難しい。撮った写真を見せてみても、よくわからない、もっといい写真はないのかという顔をしますね。

好むと好まないとに限らず、一瞬を「切り取る」ことに関してこれほどまでに技量が必要なのか、と実感する場面も少なくないでしょう。

ですが、木村伊兵衛の写真はそのような不自然さがない。それを「居合のようだ」と評したのは誰だったか忘れましたが、まさしく居合です。スイカを適切な打点で割るのと同じ「本質を穿つ」ことが人物像には必要なのです。

彼が撮る写真のほとんどは市井の人々ですが、その切り抜き方が実に、まさしく自然なのです。

なぜそこまでできるのか、と尋ねられ、彼はこう答えたと言います。「常にカメラを持ってることです」…なるほど天才とはこういうものなのだな。

違和感がない市井の人々の写真に関して、彼はたぶん誰よりもうまいでしょう。

動画のコメント欄、ニコニコのコメント、なんJ、ツイッター…様々なところに木村伊兵衛の写真が顔を出します。

スイートスポットをごく自然に捉え、極めて当たり前のように紡ぎ出されることばの中に、私は彼の写真と同じものを見出しました。名もなき人々が知らないうちにつづることばの芸術を。

「名もなき」が生み出す無限の可能性と、透明さ

固定ハンドルネーム、アカウント、IDがあるかどうかは私には関係がなく、画面の向こうにいるのが誰だっていい。

その「誰だって」が私にとってはたまらなく愉快で、飛び上がりたいほど幸せな気持ちになる。言葉の美しさの前に匿名人の属性は無意味なのです。

ああ人は好きなものを語る時にここまで美しい言葉を選べるのだなあ、傷つき傷つける言論空間でこんなにも清冽な文字を使う人がいるのだなあ、そしてなにより…これが名文であることに本人が気づいていないのだろうな、と。

言論空間という濁流に美しい花をそっと浮かべる人がいる

その花は気づかないうちに濁流を少しだけ清めている。そうして人は立ち去る。

川を見に来た私が、その花の香りを少し嗅いで、感想をノートにしたためた。

それでもう十分です。この花の持ち主が誰か、気になるわけではありません。誰だっていい。

インターネットで「名もなき」という形容語句がかかる「市井の人々」は、「名もなき」だからこそ素晴らしい。著名人の言葉だったら全員がありがたがる。言葉に色がついてしまう。

一般人にしか展開できない文芸作品が、本人さえも気づかない形でここにある。そしてそれに気付いたのは、世界でたぶん自分一人。これほどの幸せはありませんよ。

願わくば誰かの花であり続けたい

そうして、それなら自分も花を浮かべる人になりたいと願い、こうして書き続けています。長い長い活動のすえ、自分がその一人になれたのだ、という自負は多少あります。

こっちではないどこかのブログで多くの共感をいただき、「この記事にコメントするためだけにアカウントを作りました」とまで言っていただけました。

濁った川に花を浮かべる人、そんな仕事はないけど、なれたらいいよなあ。

透明のままで、誰かに届くかもしれないボトルシップに手紙をそっと入れて。

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