野田洋次郎氏の優生学的ツイートに見る人権の現状認識

世界史
この記事は約8分で読めます。

野田洋次郎氏の優生学

まあそう、らしいですね。ええ。

この発言に対する反応はあんまり、というかかなり激しく、「これって優生学だよね」「そもそも効果ないのでは」みたいな意見が飛んできていました。

何が問題なのか整理しましょう。

優生学とはどんな「学問」か

優生学とは、簡単にいえば「優れた遺伝子を残していくための学問」です。

この学問を語るうえで欠かせない視点が「登場当時はすごく合理的だった」という事実です。

我々が今科学として扱っているいろんな学問の中にあったから「優生学」という名称が与えられていました。優生学が生まれたのは20世紀初頭です。

今でこそ優生学はヒトラーやナチ党のものとされますが、当時はアメリカで不況の理由を説明するために使われました。

不況が移民のせいだとされ、有色人種や東ヨーロッパ系の人々は障害者と同じだとみなされました。この考え方が間違いでしかないのは、現代人ならすぐに理解できることでしょう。

しかし当時のアメリカ、とりわけ白人にとてもよく受け入れられました。

「合理的な」概念のおかげで今のアメリカの衰退が説明され、しかも彼らを分断処理すれば不況もなくなるだろう、と思われていましたが、これは経済学によれば全くの誤りです。

不況は劣った人間が生むのではなく、社会的構造が生むのです。

しかし1924年、アメリカで移民法が成立、その2年後にはアメリカで「優生学協会」なるおぞましい学会も生まれました。

この考えは続いてヒトラーに受け継がれ「ドイツ民族の純血性を保つため」という理由で他民族の切断処理が行われ、例えば容姿に優れる男女を集めて結婚させ番わせたり、純血を乱すユダヤ人を集めて殺害したり。

その結果があのザマですよ。

世界一優れた民族は世界一残酷なことを思考停止的にやらかして、そのトップの総統はこれまでの全てのツケが自動的に清算されて口座がマイナス億を突破する現実から目を背け、そのまま地獄へと永久ログインしていきました。

優生学は大失敗に終わったことに、世界中の人々がようやく気付きました。

科学の皮を被った単なる差別が反省され始めたのは第二次世界大戦後でした。

こうした行為はそもそも経済学的に意味がなく、人権を侵害し、大量虐殺さえ生じさせると判明したのです。

野田洋次郎氏の発言は優生学的なのか

それでは野田洋次郎氏の発言はどうなのか。

答えからいえばこれは間違いなく優生学的です。

ツイッターだとその部分の根拠を述べてないリプがぶら下がっていてモヤモヤしました。個人的に考えてみたものをお伝えします。

まず「お化け遺伝子」は「優れた遺伝子」で、そういった遺伝子を持つ人たちは配偶者も優れていたほうがよい、その方が子供は「よい遺伝子」を持つ、と。

ところが優れているとか劣っているとは、社会や共同体が決める一面的な属性でしかありません。これは、生物学の観点から考えてみるとわかります。

我々は生物について「強いものが勝つ」と思いがちですが、それは違いました。

我々の貧弱な祖先、ハムスターのような哺乳類はK-Pg境界(白亜紀大量絶滅)にもかかわらず、ホメオスタシス(体温を保つなどの機能)によって生き残りました。

一方、このイベントによって、本来「強かった」はずの恐竜は自らの体温をコントロールできず、寒冷化に対応できずにほとんど死に絶えました。

力の強さだけが生存を決めるのではありません。

また、ホモ・サピエンスも他の種に比べて知能が高く「虚構」を信じる能力に長けていました。鋭い爪も体毛もありませんでしたが、賢さで生き延びました。

生物の生き残りを決める属性が何なのかは、環境が変化してみないとわからないのです。ならば、「良い遺伝子」は誰が決められるのか?誰も決められない

そもそも成功の理由が全部遺伝子であると思うことさえ馬鹿げています。よい遺伝子を持っていても成功できなかった人なんてたくさんいるでしょう。

そして二つ目の問題は、彼らに配偶者をあてて「番わせる」こと。こんなの真面目に考えてたら人権おかしなるで。

例えばもし生まれてきた子が凡人なら?…考えたくもない。

仮に野田さんがめちゃくちゃ優れているからって強制的に妻を宛がわれて嬉しいんですかね?

恋愛ソングを歌ってる人がこれ言っちゃうって、見方によっちゃめちゃくちゃショックですよ…。

やっぱりこれは「論理的に正しいか間違ってるか」の二元論でしかモノを考えられない人が支持しているのかなと思います。

何かしらその人の「劣った」ところを探し出して「お前は○○だから生産性がないので死んでくれ」って言われても、ちゃんと黙って死ぬのかなぁ。

こういうのは実利主義的に実践主義的にものを考える思想から育った野蛮な価値観だと思いますよ。それを「進歩的だ」とか思ってそうなのがまた。

善とか美を疎んじる現代思想病はすでに膏肓に入ってしまったのでしょうか。

ところが優生学は境界があいまいである

ネットで見かけた意見は彼の考えを徹底的に叩いているものばかりで、そりゃまあ正論なんだけど進歩がないな~とも思います。

私も「優生学絶対許さないマン」なんですが、これはより深く突き詰めて考える必要がある問題だと思います。優生学は実は「ここまでが優生学だ!」と決めることができません。

優生学万歳も危ういけど、なぜ危ういのか考えないのもまた危うい。優生学はダメだと叩くその口でアイヒマンみたいなことやっちゃダメなんですよ。

つまり「今の仕組み」について考察し、それがよいことなのか悪いことなのか、それぞれ考える必要があるんです。そして、ここまでやってこその「反・優生学」だと思います。

合理的だからこそ考えよう

かつて合理的とされてきた優生学を信じた世界の失敗を、我々は繰り返してはいけません。

そのためには、今「合理的」とされている制度たちがどうなのか、考えてみる必要があります。

例えば新生児マススクリーニング(赤ちゃんに先天的な障害がないかを生まれてすぐに確かめるやつ)はどうでしょうか?

先天的甲状腺機能低下症などを早くから確認して適切な措置を取れる、っていうアレですね。

もし一切優生学してはいけないのなら、赤ちゃんが障害を持って生まれることを黙って見ていなければならないはずです。

劣った、生産性がない人が生まれてくるとき、それを「正す」のが優生学なのだから。

でも新生児マススクリーニングは許容される。なぜか?

「そのほうがよりよく生きられるから」。

次の段階に進みましょう。

あなたの息子は先天的に耳が聞こえません。彼は同じく先天的に聾である今の彼女と結婚すると言いだしました。耳が聞こえない子供が生まれる確率は50%です。

結婚に賛成しますか、反対しますか?

優生学を否定するなら、相手が何だろうが結婚賛成しなくてはならないはずですが、反対するでしょう(私は反対してしまいます)。

「そのほうがよりよく生きられるから」。

精子バンク・卵子バンクでは、スペックが高い人の生殖細胞のほうが高い値段で取引されます。今はそれが割引になっており、高い知能を持ち、スポーツ万能な人の細胞が普通の人のと同じ値段で買える、とします。

あなたなら普通の人のものとそっち、どっちを選びますか?

優生学を否定するなら、生殖細胞の親である人の属性なんて気にしたらいけない。でもよい方を選びがち(私は選んでしまいます)。

「そのほうがよりよく生きられるから」。

いったい何が優生学的で、何がそうでないのか真剣に考えたことはありますか?

考えれば考えるほど難しい問題なんです。

野田氏のツイートをぶっ叩いて気持ちよくなってる人には分からないと思いますけど、優生学は彼のツイートみたいな明らかアウトのケースだけじゃないんです。

実利主義はダメだ実践主義は寂しいと言いながら、実際我々は当たり前のようにそれをやっているし、批判しない。

自分の中に芽生えた優生学的な思想を認知しなければ、社会から優生学という考え方は排除されない。なぜなら優生学は「合理的」だから。

差別は良識を纏っている、だから自省しなくてはならない

差別とは差別のまま出てくるのではありません。

つねに「科学的」とか「理性的」とか「常識的」という言葉で保護されながら産声を上げます。悪魔が天使のコスプレをして近づいてくるんです。

変装を見抜くことができなければ、我々は「差別なんてのは知性を失った差別主義者が行うものだ」と平気で言いだしてしまう。同じことを繰り返す。

平凡だから優生学になんて手を染めない、と信じきっている。

その心の隙をいつまでも奴らは突いてきて

「でもそっちのほうが社会の利益になるだろ?」

「そっちのほうがみんな得するぞ?」

という魅惑の甘言に屈してしまう。

世の中から優生学が消えないことを嘆く前に、まず嘆いたその己の頭を疑ってみる必要がある。その営みは大変で、だからこそ優生学はなかなかなくならないのです。

ついでに:「冗談なのに」はダサい

彼は予想以上の反応に戸惑ったらしく、引用ツイートでわざわざ「冗談なのに」みたいなことを述べてましたが、批判された後で「冗談でした」はマジでダサい

自分がそう思ったのなら冗談であれなんであれ逃げずにケツぐらい拭きましょう。

みなさんはしないように。

同じく優生学の問題で、こちらもどうぞ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました