青識亜論氏の優生学思考実験「優秀な才能を持つ人の出産に補助金を出す」を考察した

倫理学
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優生学の思考実験

これはけっこう考える価値がありそうな問題ですね。こちらでも考えましたが。

という記事を書いたのでそちらも読んでいただけると捗ります。

有能推奨と無能排除の同一性

まず考えるべきは「劣性遺伝子保持者」の出産を抑止しようとすることが許されないとしても、の部分でしょう。

劣性(正しくは潜性)は本来の意味ではなく「能力が劣っている」という意味で使われています。この用法が誤りだったことは、のちに青識亜論氏も認めています。

この場合「知能が低い」とか「身体能力が低い」という風に読み替えてよいでしょう。

そのうえでまず疑問なのは「有能な人の出産を国が手助けする」ことが「無能の排除とそれほど距離が遠くない」ことです。

つまり「優秀な人にお金をばらまく」ことは「劣った人を落とす」ことに外ならないのではないかと。

格差という点でみれば「優秀な人にお金を与える」のも「劣った人からお金を奪う」のも同じことです。ただ額に差をつけるという点で考えればの話。

でも、前者より後者のほうがおぞましい気がするのは私だけでしょうか?

この第二の思考実験を考えたときに表出するのは「優秀な遺伝子をさらによくする」ことは「劣った遺伝子を排斥する」よりも合理的に見えるということ。

つまり「優秀な」という目線で考えたとき、我々の目は曇りがちであるという気づき。

もちろんこれ以外にも「そもそも優秀とか劣ってるってのはどう決めるの」みたいな疑問は出てきますが、本質ではないので無視します。

実験の前提として「ある種の国家にとって有益な」とあるので…。

優秀な才能に金をかけると多様性がなくなる

続いて指摘されるのは「優秀な才能に金をかけてしまうことで、みんながそれを目指すようになって遺伝子の多様性が低くなる」ことへの懸念。

世の中には色んな職業の人がいるわけですが、ある程度自分の適性にマッチした職場についています(そうでない人もいますが、建前は転職でも何でもできますからね)。

そこで考えたいのは、例えば「足の速さ」によって全てジャッジされる社会になったらどうなるか。

足が速い選手の遺伝子は高く売買されますし、それを国が表から抑えても裏で横行するでしょう。

足が速ければ相手は選び放題、というか足の速さでしか自分を見てくれなくなる。

なんとしても金が欲しいということで短距離選手の遺伝子は高く取引され、補助金の額がペイできる上限いっぱいまでは価格が上昇することが考えられます。

そうすると足の速さ以外の部分に着目されなくなり、例えば病気のなりやすさや知能などは二番目以降になります。

これは生まれてくる子どもにとっても不幸なことです。

もし足が速くともその子どもが望んだ職業につくことを許されないのなら、それは人権を無視していることになり、優生学的であると言えます。

つまり裏返していえば今の日本はそういった「合理性」に頑張って抗っていることで遺伝的多様性をある程度担保している、と考えることができます。

これが足の速さではなく「顔の美醜」ならば事態はもっと深刻で、ただでさえイケメンや美女などルックスが優先される自由恋愛主義社会において、さらにその風潮が進むことになります。

簡単にいえば顔のみにくい人は結婚できなくなります。

ですが現在、街を歩くカップルを見ていてもわかるように、別に美女とイケメンが必ずくっついているわけではありません。

「なぜ!?」みたいな例もぶっちゃけ、ありますよね…。

いろんな尺度があるからこそ多様性が担保されるのです。

人を見るときの目線を国が提供してしまうと多様性が担保されなくなり「持たざる者」は結果として排除されてしまうのです。

つまり先ほど私が出した一つ目の疑問「優秀な人を優遇することは劣った人を冷遇することと同じなのでは」という懸念には「確かにその通りです」と答えるしかなくなります。

もちろん建前論として「そんな風に人を見るような人は一部であり、やはり健全な自由恋愛主義は大多数において続行するだろう」という希望的観測もあるかとは思います。

ただ、お金が保証されるとなると目がくらんでしまう人がいるのも事実で、精子バンクではハイスペックな人の生殖細胞は普通の人に比べて高値で取引されています。

遺伝子が成功の是非や才能の有無を保証すると決まったわけでもないのにこの有様なのですから、国がある特定の遺伝子について印篭を与えることが何を引き起こすのか、我々は容易に推測できるでしょう。

持つ者持たざる者の逆進性を高める

つまりこの思考実験の結論は「よい遺伝子を持つ者と、持たない者の差が広がる」です。

金を持つ者と持たざる者の格差が取り沙汰され、トリクルダウンが幻想でしかないと判明した現代社会と全く同じことが、遺伝的多様性のプールでも起こると考えられます。

あるいはこう言い換えてもよいでしょう。親の収入と子供の偏差値がほとんど相関することは周知だが、それと同じことが遺伝子でも起こる…と。

簡単にいえば顔の醜い人は結婚できなくなります(本日二度目)。

イケメンと美女はそれぞれ結婚するようになり、しょうがないのであまりものは結婚しないか妥協して付き合うしかなくなる。

ルックスグッドカップルズには補助金がたんまり与えられ、そうでない者は耐えるしかない。

前者は得た金でほくほく生活し、子どもも富んでやはり高価な精子を買うなり、よいルックスの人と結婚するなりするが、凡人には手が出せなくなる。

これが優生学的でないのなら何なのかというような結論に達します。

ただ、このようにゴタクを並べなければ反論できない危うい魔力がこの思考実験にはあります

多くの人は言語化できず「う、うーん、そうやって言われてみれば…」と言いたくなってしまう気がする。

「優れた人に金を出す」は「劣った人から奪う」と全く同じなのですが、なぜか前者だけが「合理的」に見えてきてしまう。でも結局は逆進性や自己責任論を生じさせるだけで、やってることは劣等種排除に他ならない

青識氏は私と価値観が合致する論客ではないのですが、RADの野田氏による失言をとってうまく改題し、考えるきっかけを与えていただいたことを嬉しく思います。そこらへんの話は

の最後らへんに載ってますので、ぜひご覧ください。

おまけ:揚げ足取りもいい加減にしたら?

記事を書き上げた後にはてなブックマークの反応を見てみたのですがこれは…ダメみたいですね…。

この人達は全員雁首揃えてだめだめなので無視していいです。

トップコメント2文殊(1文殊=3人)分まとめて誤用の指摘と感想だけとか聡ずかしくないの?

これを機に優生学について考えようみたいなのはないの?文句しか言わないの?

劣性遺伝がどうのっていう誤用はありがちなんだし、本人もツイートで追記してるんだから誤用ぐらいくみ取って考察すりゃいいのに。

なんでそういうとこで止まってるかなぁ?

正しいか間違ってるかの二元論しかないのか、嫌い!って幼稚なことしか言えないのかはたまた青識氏が言ってるから脊髄反射なのかわからないけど、ほんと「書いてる言葉でしか判断しない、言葉が意図するところを読もうとしない」ってのがスタンダードになっちゃったんですかね。

そんなザマで他人が書いたものを評論するってほんとぉ?

ちなみに自由恋愛主義も優生学になりそうです。

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