「教養を身につけるための本」リストはほとんど役に立たないので、アテにしないほうがマシ

言論
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教養を身につける手っ取り早い方法?

スゴ本の中の人が選んだ、1万円で“一生モノの教養”を身につけるための5冊 | マネ会
「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」の中の人、Dainと申します。今回はお金で買うことのできる一生モノの自己投資になる本をご紹介したい。現金や不動産、貴金属からビットコインまで、財産は盗られたり目減りしたりする恐れがある。だが、頭の中の財産は、誰も奪うことができない。すなわち、知や教養は、いったん頭に...

こういう記事が公開されてて、私はこの5冊全部読んだことあるんですが、やっぱうん、アテにしなくていいですわ、こういうの。

特にカラ兄(カラマーゾフの兄弟)なんて「教養を身につけてえなぁ、でも読みたい本わかんねえわ」レベルの人に勧めるもんじゃねえぞ

確かにあれはドストエフスキーの最高傑作だとは言われてますけど、血肉にできる読解力がある人は限られています。

私は無理でした。何言いたいのかわからないんだもの。

あらすじとか解釈とか読んでようやく「なんとなく…わかったような」レベルでした。何十回も読み直せる心と時間の余裕がない人には勧めません。

ここでは、あなたの知となり教養となる入口として、お薦めの本を選んでみよう。とはいっても、ただ選ぶだけでは面白くない。だから、日本の知を担う大学の最高峰、東京大学に務める教師が選んだ「アンケート・東大教師が新入生にすすめる本」から、合計1万円で買えるものをピックアップした。

このリストの本は「東大生に勧める本」の中から選ばれたものです。

日本の上位1%の頭の人が読む本を一般人にって…どうなってんだおい。断言しちゃっていいですけど1万出して買っても3冊読破するかしないかぐらいで挫折しちゃいます。

確かに濃厚なのは認めますが、それゆえに血肉にするのも難しいので。あっ「論理トレーニング」と「統計はこうしてウソをつく」はお勧めしときます。

読みやすいしためになります。アフィリエイトしてないんで各自調べて買ってみてください。

教養本リストが的外れな理由

なぜ教養本のリストは的外れなのか。

それはひとえに、以下の理由によります。

「読みたい本なんて、読みたいときに買うしかない」

例えば、友達とかネットで勧められて買ったゲームって真面目にやってます?

自分の意志で買おうと思ったゲームさえなかなか消化できてないんじゃないですか。

「読みたい本ねえなあ~教養ほしいなあ~」って人がリスト見るのは変です。

そういう人が求めるのは「手っ取り早さ」でしょう?

手っ取り早く教養身につけたい人のためのリストなのに、そういう人が読みこなせない本を勧めて意味あるんですか?

まだ「ごんぎつね」「手ぶくろを買いに」「スーホの白い馬」とかのほうが考えさせられますよ、いやマジで。

長大な小説とか文化人類学系の歴史本を買っても読み終わらないからね。読まないから。

本棚を彩る1つの風景になって終わりです。

一方、リストが役に立つ例もありはします。

読書家であり、読みたい本を常に探している場合はOK

読書家で、血肉になる本を探している場合。こういう人にとって、さっきのようなリストはすごく有意義です。

人生は限られており、有意義で濃厚でためになる本を読みたい。

そのためには同じく読書家の人間に聞くのが一番早い。

先のページの著者Dain氏は「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」というブログを運営しています。この発想から取った名前でしょう。

教養をどうしても身につけたい人もOK

「長い時間をかけて教養を身につけたい」という人にもおすすめです。

ああいうリストの本は情報量の密度が高く、教養がある人ならだいたい共通して読んでいますから、彼らと話をしたいのなら必須でしょう。

特に「銃・病原菌・鉄」は西洋中心の価値観を「ちげえぞ?おめえらは運がよかっただけだかんな?」と打破した伝説的な書籍なので、外国人と話すときにも知っていて損はないです。

まあ、1万円買って手っ取り早く教養を身につけたいって人の中に、そこまで意識が高い人がいるとも思えませんが…。

それに、教養自体の定義が曖昧なので、教養を身につけるというよりは、教養がある人と話をして教養を身につけた「気になる」だけという指摘もあります。私はそう思っています。

読みたい本を各々が探すのが一番よい

私含め、普通の人はああいうリストを参考にするんじゃなくて「読みたくなった本を探して読む」のが一番いいと思います。

背伸びして一般人が読書家用の難しい本買ってもあんま意味ない。

読みたいから、読む。これが一番。

映画だってゲームだって同じでしょう。

読書は高尚な趣味じゃなくてただの娯楽なんです。苦しむ必要もないし、読みたくなければ買う必要もない。

私の好みのジャンルはすごく雑多で、パズル系の本を買ったかと思うと語学に手を出し、音声学の本を買い、ゲームの設定資料集を買い、西洋絵画の見方の本を買い、さらに子ども向け絵本も買ってます。

でも、それはそれは充実した読書体験ができています。なぜなら読みたい本しか読まないから。

「他人からおすすめされたものを読んで」学ぶより「気づいたら学んでいた」ほうが健全ですし、血肉になりやすいです。

リストの存在意義を疑うわけではありません。さっき挙げた例の人などは大いに生かしてもらっていいと思います。でも、自分が読みたい本ぐらい自分で考えてほしい

自分の脳みそをちゃんと使ってほしい。積ん読になって書棚で泣く本を増やしてほしくない。

そしてなにより、読書そのものを楽しいと思ってほしい

そこらへんの「過程」も含めて、教養を創造するための大きなシーケンスとなるはずです。受け売りで何かをやっているうちは、創造(想像)なんてのはとても壮大なプロジェクトのままですから…。

私が感じるのはそんなとこです。

教養と知識量の違いについて考えてみました。

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